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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第三部 南行編
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第二十三章 白貂娘、沢太守から宴の誘いを受ける 2

「今日も目立った動きはないか」

 開砂(かいさ)の繁華街にある、宿屋に泊まっていた白羊策(はくようさく)は、心の中でそう呟いた。

 彼は、従兄弟の白約楽(はくやくがく)の要請で、(てい)王の動きを探るために、この開砂(かいさ)に潜入していたのである。

 また同時に、南華地方の有力な侠客とも連絡を取り、(てい)王が挙兵する際には、(えい)に味方するか、せめて中立を保つよう頼んでまわる事もしていた。

 しかし、さすがに開砂(かいさ)では警戒が厳しく、彼自身も迂闊に動く事はできなかったのである。

「さすがは重傑(じゅうけつ)だ。つぼを押さえた警戒をする」

 白羊策(はくようさく)(てい)王の参謀役をしている男の名前を口にした。彼も最初、重傑(じゅうけつ)という名前には聞き覚えがなかった。しかし、(てい)王に有能な参謀が付いている事を知り、その参謀の正体も探っていたのである。そして彼は今日になって、やっとその正体を知ったのである。

 しかも、彼の正体は白約楽(はくやくがく)白羊策(はくようさく)が想像していたよりも、遥かに危険な存在であった。

 白羊策(はくようさく)はすぐにでも、白約楽(はくやくがく)に彼の正体を伝えたかったが、余り頻繁に連絡を取るのは危険であった。(てい)王は、太子を迎えるという口実の元、日に日に警戒を増していった。王蘭玉(おうらんぎょく)を通して白約楽(はくやくがく)に連絡したのも、他の者では危険度が高かったためである。

 彼自身も、これ以上この街に留まることに危険を感じていた。早急に退散すべきであったが、ただ逃げるのも癪に障った。

「少し仕掛けてからにするか」

 白羊策(はくようさく)は心中でそう呟くと、立ち上がって部屋の片づけを始めた。




 莱峡(らいきょう)郡太守の離粛(りしゅく)は、南華地方の太守には珍しく、中原から赴任してきた人物であった。

 名前からも判るとおり、(けん)()氏の血を引いている。と言っても、王位継承権には届かない程度の繋がりであり、そのために(ほう)氏が政権を取った後も官職を追われる事もなかった。


 このまま何事もなく過ごせると思っていたところ、二年前に前任者の引退に伴い、莱峡(らいきょう)郡太守に突然任じられたのである。

 (えい)にとって、南華地方からの税収が生命線である以上、この転任は決して左遷ではなかった。

 しかし、生まれてから一度も陽安(ようあん)近辺から離れた事のない彼にとって、この人事はまさに青天の霹靂であり、流罪にも等しい扱いに思えた。


 過去の歴史において、前王朝の血を引く者が粛清される事は特に珍しい事ではない。さらにいうと、左遷後に死を賜る、という例も、数え上げるならきりがないほどである。


 彼は、そうした事を思い合わせて、ありもしない粛清の影におびえたのである。そんな時に、(てい)王側から接触があった。最初は、朝廷の横暴を共に嘆く程度のものであったが、少しずつ彼の心に謀反の気持ちを植え付けたのである。もちろん、その筋書きを書いたのは重傑(じゅうけつ)であり、離粛(りしゅく)はまんまと乗せられたという訳である。


 しかし、重傑(じゅうけつ)離粛(りしゅく)に目を付けたのは、彼が朝廷に対して疑念を抱いている、という理由だけではなかった。

 もう一つ重要な理由として、彼の治めている莱峡(らいきょう)郡には、蜀果(しょくか)率いる氾江(はんこう)水軍の駐屯基地が存在する、ということである。


 蜀果(しょくか)(けん)時代から(えい)時代にかけての、天下統一の過程において、特に南華制圧に際して重要な役割を演じていた。

 なにしろ、中原の武将の中には、丁義堅(ていぎけん)も含めて水戦の経験がある人物はほとんどいない。そんな中で、早々と(きょ)から(えい)に降っていた彼は、数少ない水戦の経験者であった。


 それまで(けい)(きょ)(てい)(さい)といった南華の国々が、中原に興った強国から守られてきたのは、彼らがまともな水軍を持っていなかったからである。

 しかし、(けん)とその後を継いだ(えい)は、南華をも手中に収めるために、蜀果(しょくか)を水軍都督として、水軍の強化を図ったのである。

 結局、南華地方の国々の多くは、まともな戦をする前に次々と降ってしまったため、蜀果(しょくか)の水軍はさほどの活躍もしなかったように思われているが、実際には、彼の水軍が氾江(はんこう)に睨みを利かせていた事が、彼らの戦意を喪失させる大きな要因となっていた。


 蜀果(しょくか)としては、自分の功績は丁義堅(ていぎけん)よりも大きいと考えていた。

 しかし(えい)の朝廷は、彼を水軍都督のまま据え置き、丁義堅(ていぎけん)の下に置いたのである。

 当然の事ながら、彼は側近の者に不満を口にするようになった。そして、それを聞きつけた重傑(じゅうけつ)が、彼を(てい)王側が味方に引き入れた事も、自然の成り行きといえるものであった。


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