第二十三章 白貂娘、沢太守から宴の誘いを受ける 2
「今日も目立った動きはないか」
開砂の繁華街にある、宿屋に泊まっていた白羊策は、心の中でそう呟いた。
彼は、従兄弟の白約楽の要請で、程王の動きを探るために、この開砂に潜入していたのである。
また同時に、南華地方の有力な侠客とも連絡を取り、程王が挙兵する際には、瑛に味方するか、せめて中立を保つよう頼んでまわる事もしていた。
しかし、さすがに開砂では警戒が厳しく、彼自身も迂闊に動く事はできなかったのである。
「さすがは重傑だ。つぼを押さえた警戒をする」
白羊策は程王の参謀役をしている男の名前を口にした。彼も最初、重傑という名前には聞き覚えがなかった。しかし、程王に有能な参謀が付いている事を知り、その参謀の正体も探っていたのである。そして彼は今日になって、やっとその正体を知ったのである。
しかも、彼の正体は白約楽や白羊策が想像していたよりも、遥かに危険な存在であった。
白羊策はすぐにでも、白約楽に彼の正体を伝えたかったが、余り頻繁に連絡を取るのは危険であった。程王は、太子を迎えるという口実の元、日に日に警戒を増していった。王蘭玉を通して白約楽に連絡したのも、他の者では危険度が高かったためである。
彼自身も、これ以上この街に留まることに危険を感じていた。早急に退散すべきであったが、ただ逃げるのも癪に障った。
「少し仕掛けてからにするか」
白羊策は心中でそう呟くと、立ち上がって部屋の片づけを始めた。
莱峡郡太守の離粛は、南華地方の太守には珍しく、中原から赴任してきた人物であった。
名前からも判るとおり、賢の離氏の血を引いている。と言っても、王位継承権には届かない程度の繋がりであり、そのために法氏が政権を取った後も官職を追われる事もなかった。
このまま何事もなく過ごせると思っていたところ、二年前に前任者の引退に伴い、莱峡郡太守に突然任じられたのである。
瑛にとって、南華地方からの税収が生命線である以上、この転任は決して左遷ではなかった。
しかし、生まれてから一度も陽安近辺から離れた事のない彼にとって、この人事はまさに青天の霹靂であり、流罪にも等しい扱いに思えた。
過去の歴史において、前王朝の血を引く者が粛清される事は特に珍しい事ではない。さらにいうと、左遷後に死を賜る、という例も、数え上げるならきりがないほどである。
彼は、そうした事を思い合わせて、ありもしない粛清の影におびえたのである。そんな時に、程王側から接触があった。最初は、朝廷の横暴を共に嘆く程度のものであったが、少しずつ彼の心に謀反の気持ちを植え付けたのである。もちろん、その筋書きを書いたのは重傑であり、離粛はまんまと乗せられたという訳である。
しかし、重傑が離粛に目を付けたのは、彼が朝廷に対して疑念を抱いている、という理由だけではなかった。
もう一つ重要な理由として、彼の治めている莱峡郡には、蜀果率いる氾江水軍の駐屯基地が存在する、ということである。
蜀果は賢時代から瑛時代にかけての、天下統一の過程において、特に南華制圧に際して重要な役割を演じていた。
なにしろ、中原の武将の中には、丁義堅も含めて水戦の経験がある人物はほとんどいない。そんな中で、早々と渠から瑛に降っていた彼は、数少ない水戦の経験者であった。
それまで慶、渠、程、細といった南華の国々が、中原に興った強国から守られてきたのは、彼らがまともな水軍を持っていなかったからである。
しかし、賢とその後を継いだ瑛は、南華をも手中に収めるために、蜀果を水軍都督として、水軍の強化を図ったのである。
結局、南華地方の国々の多くは、まともな戦をする前に次々と降ってしまったため、蜀果の水軍はさほどの活躍もしなかったように思われているが、実際には、彼の水軍が氾江に睨みを利かせていた事が、彼らの戦意を喪失させる大きな要因となっていた。
蜀果としては、自分の功績は丁義堅よりも大きいと考えていた。
しかし瑛の朝廷は、彼を水軍都督のまま据え置き、丁義堅の下に置いたのである。
当然の事ながら、彼は側近の者に不満を口にするようになった。そして、それを聞きつけた重傑が、彼を程王側が味方に引き入れた事も、自然の成り行きといえるものであった。




