第二十三章 白貂娘、沢太守から宴の誘いを受ける 1
南華第一の都市と言われる開砂は、程の国王だった楊啓とその息子、楊近が贅を尽くして立てた街である。
特にそこにある央彩宮は、政治家よりも芸術家としての能力の方が、遥かに優れていた楊近が、その全ての指揮をとって建てただけあり、その壮麗さは他に類を見ないものであった。
このように言うと、楊啓、楊近の二人は、贅沢を好んで民を搾取した暴君のように聞こえるかもしれない。しかし、実際には名君とはいえないが、暴君というほどの悪逆を尽くした訳でもない。南華という豊かな土地の富を、地方の一政権だけで使う事ができたため、多少の無理をするなら、こうした贅沢も可能だったのである。
但し、そのために他の分野が疎かになったのも事実である。特に賢や瑛が力を付けていた時期に、自国の軍事力を増強する事もせず、ただそうした贅沢な暮らしを追い求めた事実を見るなら、彼らが暗君と呼ばれても仕方がないと言える。
しかし、程の民は、そのような彼らを憎んだり嘲ったりしたかというと、そういう訳でもない。その治世中は、困った道楽君主という程度にしか見ていなかったし、瑛が南進して程に迫った時、楊近があまり抵抗せずに、国を挙げて降ったために、庶民はほとんど戦争の被害を受けずに済んだこともあり、むしろ彼に同情する声もあったのである。
それはさて置き、現在の央彩宮の主は程王法九思である。
彼は前のこの地の主とは違い、芸術や美術にはほとんど関心がなかった。
今の彼の最大の関心事は、太子の一行が何時、この開砂に入って来るか、という事である。
昨日、彼らが穣丘に入った、という情報はすでに受けていた。穣丘と開砂は、氾江を挟んではいるが、目と鼻の先といってもよい距離にある。
「それで、いつ彼らは穣丘を出発するのだ」
「少なくとも十日は留まる、という事です」
「十日か。いっそ、今すぐに兵を動かし、穣丘を急襲した方が良いのではないか」
目の前に、格好の獲物がいるのである。法九思は焦っていた。しかし重傑は、性急に事を運ぼうとする彼を押し止めた。
「しばらく待てば、彼らは自らこの地へ来るのです。もうしばらく御辛抱を」
「だが、あまり悠長に構えては、機を逸する事にならないか」
彼の頭には、顕広を囲んだ時の失態が、未だに鮮明に残っている。顕広を三ヶ月の間、攻略できなかった彼は、そのために更迭されて、長い間不遇を囲い、彼と入れ替わりで顕広を攻めた丁義堅は、それ以来、破竹の勢いで功を立て続けたのである。
重傑もそれは知っていた。しかし、状況がその時とは異なるのである。
「穣丘の城は堅固です。迂闊に兵を動かして、あの城に篭られる事にもなれば厄介です」
「そうか。だが、急襲するなら篭る暇もあるまい」
「急襲するための兵を集めること自体が危険です。こちらで兵を動かすなら、すぐに穣丘側も察知致しましょう」
重傑にとって、最も警戒すべき相手は白約楽であった。彼の情報網は、まさに網の目のように張り巡らされており、どんなに極秘で兵を動かそうとしても、数刻前には穣丘側にもその知らせが届くであろう事は、火を見るより明らかであった。
「たかが一旬です。我々が黙っているなら、彼らはこの地へ来る以外に、取るべき道はないのです。そして彼らを捕らえたなら、その時点で我々の優勢は決定的になるのです」
「しかし、その前に我らの計画が漏れたならどうする。当然、奴等も儂の近辺を探っているはずだ」
「私の計画通りに動いて頂けるなら、決して計画が漏れる事はありません。成功はすでに程王の手中にあるのです。焦らず、お待ちください」
結局、重傑のその言葉に説得され、法九思はその場は自重することとした。




