第二十一章 法詠華、白貂娘を連れて穣丘の街へと抜け出す 3
法詠華は、本調子ではない白貂娘を無理矢理連れ出して、穣丘の繁華街へと繰り出していた。
本来なら、公主の外出には仰々しく従者や護衛の者が従うところであるが、法詠華はそうした仰々しさが嫌いであった。といって、一人で出歩くのはさすがに心細いので、年齢も近く、旅にも慣れているであろう白貂娘を連れ出すことにしたのである。
白貂娘や、彼女の侍女である、甜憲紅の迷惑など頭から考えていないのであるが、法詠華自身は別に悪気があっての事ではない。
白貂娘も、無邪気に街へと出たがっている法詠華を無下に断ることもできず、後の事を甜憲紅に託し、彼女に付いて来たのであった。
街へ出た法詠華は、見るもの聞くものが全て物珍しかった。
白貂娘を引き回し、店先に並んでいる物について、片っ端から指差して尋ねはじめた。白貂娘はそれを判る限りで教えたが、いかんせん体力がまだ戻っていないことと、南華地方に来るのは彼女も初めてだったこととで、次第に答えられなくなってきた。
「ねえねえ、あそこにあるのはなあに」
「ちょっとまってください。あまり急がないで」
そう言った白貂娘の息が切れているのに、法詠華もやっと気が付いた。
「あら、もう疲れちゃったの。だらしないわね」
「だって、公主が引き回すので」
「だめよ。今はそうじゃなくて、詠華と呼ばなくちゃ。お忍びなんだから」
そう注意してから、法詠華はさらに言葉を続けた。
「仕方がないわね。なら、向こうに広場があるみたいだから、あそこで休みましょう」
「ごめんなさい」
「いいわよ。その代わり、休んだらもっと付き合ってもらうから」
法詠華は広場の片隅に木箱を見付けると、そこに白貂娘を腰掛けさせた。
「私は一人で他を見て来るわ」
そういって走っていこうとした法詠華に驚いて、白貂娘は彼女を止めようとした。
「一人では危ないですよ」
「大丈夫よ。もう馴れたわ。それに直ぐ戻るから、あなたはここで休んでなさい」
そう言い残して、法詠華は再び雑踏の中へと入っていった。
白貂娘は一人残された。彼女は法詠華の行動力に呆れつつも、同時に彼女の心遣いに感謝した。
法詠華が戻るのを待ちつつ、彼女は木箱に座って物思いに耽った。
穣丘の街は非常に活気があった。目の前を様々な人が行き交っていく。彼女はそうした人々を眺めつつ、昔、一緒に旅をした人の事を思い出していた。
しばらくしてふと気付くと、自分の目の前に、小山ほどもある大きな黒い犬が、彼女の方を向いて立っていた。




