第二十一章 法詠華、白貂娘を連れて穣丘の街へと抜け出す 2
しかし表向きの理由はともかく、一部の高官にとっては、穣丘から船で氾江を渡ると、そこは程王の治める開砂の街であることの方が、大きな意味を持っていた。
少なくともここにいる限り、簡単には程王に太子を奪われることはないのである。
太子の希望はちょうどよい口実ではあったが、それがなくてもこの街にしばらく留まるのは裏の予定どおりであった。
穣丘に到着したのは夕方であり、その日は太守の沢栄や地元の名士から、一通りの歓待を受けた。この時、白貂娘は病気ということで、直ぐに宿泊所へと向かい、横になった。
さすがに一週間も碌に食べ物を口にしていなかったため、翌日になっても体力が回復せず、その日も公務は休むことにした。
彼女が寝床に横になっていると、扉を叩く音がした。甜憲紅が出ると、そこにはまた法詠華が立っていた。
「さあ白貂娘、街へ行くわよ」
その頃、白約楽は穣丘の街の中へと一人で出ていた。巡幸に参加している他の重臣達は、それぞれ自分の仕事を宿泊所で行っていたが、彼も遊びで出てきたのではなかった。従兄弟の白羊策からの連絡を受け取るために出てきたのである。
彼は、予め指定されていた茶屋へと入った。彼が中を見ると、すでに白羊策からの情報を持ってきている人物が、奥の席で待っていた。
白約楽は、一見男性にも見えるその人物の浅黒い顔を見て、軽い驚きを覚えたが、直ぐに近づいて話し掛けた。
「まさか、蘭玉さんが来るとは思いませんでした」
「ええ。私もあんた達とは二度と関わらない気だったけど、今回は仕方がないからね」
白羊策が情報を託した人物は、王蘭玉という初老の女性だった。
彼女は長年各地を回ってきた行商人であり、昔は白家とも取引きをしていたこともある。しかし、白約楽が瑛の朝廷に入り、商人達を使って情報操作や謀略を企てるようになるに及んで、彼らとの付き合いを一切止めてしまっていた。
「瑛がどうなろうと知ったこっちゃないけど、また戦乱の時代に戻っては仕事が大変だからね」
「戦乱の時代に勢力を伸ばす商人もおりますよ」
別に他意があった訳ではないが、何気なく言ったその言葉が王蘭玉の気に障った。
「私をそういう輩と一緒にする気かい」
白約楽は自分の失言に気付き、慌てて否定しようとしたが遅かった。
「あんたの父親だった恩尺殿は立派な人だったよ。何であんたみたいな道楽息子が生まれたんだろうね」
王蘭玉が説教を始めた。白約楽は何が苦手かといって、王蘭玉の説教ほど苦手なものはなかった。子供の頃、母親を亡くした白約楽にとって、彼女は精神的な母親のような存在だった。このため、普段は鋭い彼の舌も、王蘭玉に対しては全く精彩を欠いてしまうのである。
「道楽息子はないでしょう。私は私なりに自分の仕事に誇りを持っているんですよ」
白約楽は言い訳をしたが、王蘭玉は聞く耳を持たなかった。
「いいえ、商人のくせに官吏になり、官吏のくせに商人を利用する、これを道楽と言わず何と言おう」
「蘭玉さん、今はとりあえず、その話ではなく、程王の情報を先に教えてください」
説教が長引くことを恐れた白約楽は、話題を強引に元へ戻そうとした。
「かなわないと思って、話題を変えようってのかい」
「そうではないですが、元々、そのために来たのでしょう」
「ふん、それもそうだね。まあいいわ。私も暇じゃないからね」
そう言うと、王蘭玉は手短に白羊策からの情報を伝えはじめた。




