第十九章 白約楽、南華巡幸前に根回しをする 3
廊下を歩いていた劉監は、突然、景達に呼び止められた。
「劉殿、今度の太子の南華巡幸をどう見られる」
景達にそう聞かれて、劉監は来たな、と思いつつ顔には出さず、当たり障りのない返事をした。
「そうですな。南華巡幸は以前からの懸案でしたが、陛下はあまり体が丈夫ではないし、太子の教育という意味からも、妥当ではないですかな」
「そんな事を聞いているのではない。今回の巡幸ではあの白もいなくなる。絶好の機会ではないか」
「さて、なんの事でしょうな」
廊下でそんな話をされては、劉監の方が迷惑である。彼はさらにとぼけたが、景達はその態度に苛立ち、近くの部屋へと彼を引き入れて、さらに話を進めた。
「あまりじらさないで貰いたい。我々の為に動く機会だと言っているのだ」
「景殿、あまりそのような事を大きな声で言わぬほうがよいぞ。もちろん、儂も心得ておる。しかし、景殿はどんな策を考えておるのかな」
「まずは邪魔な回一族を陥れる。できれば同時にあの王次傅も消してしまいたい」
なかなか大胆なことをいうが、劉監はことがそう簡単にいくとは思えなかった。
しかしあえてそれを指摘して相手を不快にさせる必要もない。彼は無難にその方法を尋ねた。
「ほう、どうやって」
「それはここではまだ言えん。だが、確実にやつらを陥れる策を考えてある」
さすがに景達もこの場でその方法を語ることはなかった。しかし劉監は一つだけ彼の話に注文を付けた。
「なるほど、しかし、王次傅の始末は儂に任せて貰いたい」
「どういうことだ」
「いや、実を言えば儂もあやつが邪魔なのだ。今までに何度か消そうとしたのだが、悪運の強い娘でな、一度も成功せなんだ。しかし、今度こそ確実に消してみせる。上手く行けば、太子も一緒に消せるやも知れん」
「ほう、しかし太子の命を直接狙うのは危険だぞ」
「戦が起きれば何が起きるか分からんものだ。どこから流れ矢が飛んでくるかも分からんからな。勝ち戦で指揮官だけが死ぬこともある。まず怪しまれることはない」
突然、劉監が戦の話を始めたため、まだ事情を知らない景達は相手の言っていることが判らなかった。
「なんの事だ。今度は戦ではなく、只の巡幸だぞ」
「いや、何でもない。まあ失敗した時は景殿に任せる事とする」
「そうか。では、私はまず回一族に的を絞ることとしよう。そのほうが確実だからな」
そう言うと、景達は自分の野望が成ったときを想像して低く笑い声を立てた。その様子を見ると、劉監は口元に微妙な笑みを浮かべて去っていった。
「それがしを陛下に推薦したのは白殿ですか」
賈術に呼び止められてそう聞かれた白約楽は、黙って首を縦に振った。
「やはりそうでしたか。しかし、非才の私では陛下の相談役は務まりかねます。どうか、別の方を改めて推薦してください」
「いや、君以外の適任者はいない」
「そんなことはないでしょう。それに私のような低い身分から破格の出世をした者が、さらに陛下の信任を得るなら、どんな恨みをもたれることか」
「確かにそうかも知れない。しかし、だからこそ君を推薦したんだよ」
白約楽の返事を聞いて、賈術はいぶかしんだ。
「どういう意味です」
「名門の出身の者が高官を占める時代は過ぎたとはいえ、彼等の力はまだ強く、我々のような者はまだ肩身が狭い。彼等に対抗するためには、我々も団結し、お互いで有能なものを推薦する必要があるんだよ」
賈術は白約楽のその言葉を聞いて奮い立った。
「分かりました。白殿がそのように考えて私を推薦して下さったのであれば、私も自分の能力の限りを尽くして陛下に仕えたいと思います」
「お願いする。それから、私が太子の南華巡幸で留守にしている間、景大司農の動きに注意して貰いたい」
「はい。しかし、なぜです」
「彼は野心が強すぎる。どうも、今度の巡幸の隙に何かを企んでいるようなのだ。ただ、彼に恨まれない程度でいい。彼に恨まれたなら何をされるか分からんからな」
「分かりました。任せてください」
賈術は自分の胸を叩いてそう言った。




