第十九章 白約楽、南華巡幸前に根回しをする 2
「母上、喜香が南華へ行くというのは本当ですか」
突然、部屋の扉が開き、回皇后が驚いてそちらを見ると、そこには陽長公主法詠華が立っていた。
「詠華、部屋に入るときはまず扉を叩いてからにしてちょうだい。驚くじゃないの。ええ、喜香は南華へ行きますよ。ですが、遊びで行くのではなく、太子として、かの地を視察するのです」
回皇后はそう窘めたが、法詠華は構わずに話を続けた。
「私も一度、南華へ行ってみたいわ。母上から父上に頼んでください」
法詠華の願いに、回皇后は呆れてしまった。
「まあ、あなたは既に夫のいる身なのですよ。少しは落ち着いたらどうなんです」
「だけど、あの人って全然面白くないんですもの。少しは変化が欲しいわ」
「なにを言うのです。循粛殿は良い人ですよ」
「悪い人だとは言わないわ。だけど覇気に欠けるのよ。こんなことなら結婚なんてしなければ良かったわ」
「まあ、なんて事を言うのです」
回皇后は厳しく叱責した。彼女の父親は野心が強すぎて失脚したのである。
「冗談よ。だけど、南華に行きたいのは本当なの。だって、私は一度もこの陽安から出たことがないのよ。一度で良いから遠くへ旅行に行ってみたいわ」
「私もこの都から出たことはありませんよ。一応、あなたの希望は伝えてあげますけれど、期待するんじゃありませんよ」
「嬉しい。父上はきっと聞いてくださるわ」
陽長公主の法詠華がそういって喜ぶと、回皇后はため息をついた。
「まったく、なんであなたがそんなに元気なのに、喜香はああも気が弱いのかしら」
「私もそう思うわ。喜香よりも私のほうが瑛の後継ぎに相応しいでしょう」
「詠華!」
再び回皇后が叱責すると、陽長公主はころころと笑った。
「母上はすぐ本気にするのね。それでは父上に嫌われますよ」
確かに陽長公主の性格からして、本気で皇帝になりたいと言っているとは回皇后も思わなかった。それでも口にして良い冗談と悪い冗談がある。
しかし陽長公主は母親の気持ちなど構わず、ふと思い出したように言葉をつないだ。
「今の時点で南華に行くことが決まっているのは誰なの」
回皇后はため息を一つついてから、その質問に答えた。
「おじいさまの回太傅と王次傅、陰少傅は間違いないようね。益大司馬も当然行かれるでしょう。それから諌議士の白殿も同行するとの事だったわ。あとはまだ決まっていないようね」
「おじいさまも行くのか。じゃあ、あまり好きなことはできないわね」
「当然でしょう。遊びに行くのではないのですよ」
「王次傅って、母上が前に文句を言っていた、白貂娘のことでしょう。私はまだ会ったことがないわ。母上は会ったことがあるのでしょう。どんな人なの」
法詠華がそう尋ねると、回皇后は考え込んだ。
「変わった娘ね。一言では言えないわ。年齢はあなたの二つ上だけど、なかなかしっかりしたところもあるわ。最初は私も心配だったけど、あの娘のおかげで随分、喜香も快活になってきたようだし」
「ふうん、買っているのね。まあ、一緒に旅行できるのだから、その時に自分で見てみるからいいわ」
「まだあなたが行けるかどうかは分からないのよ」
そのあと、陽長公主はさらに宮廷内の噂話を母親に話してから帰っていった。




