第十八章 法安才、法九思を許しつつ南への備えをする 3
「もう一つ、伝えたい事がございます。これも南と関係することです」
「なんだ」
白約楽が改まってそう話しはじめたため、皇帝も何事かと姿勢を正した。
「実は、渓雷族にも不穏な動きがあるのです。かの地には旧慶国の沢関が逃げ込んでいるとの噂もありますが、今度の程王の謀反に彼が加われば一大事でございます。慶の民には今でも彼を慕うものがいます。できるなら、慶王を領地に戻し、渓雷を牽制させたほうがよろしいでしょう」
渓雷族の動きは、確かに瑛にとって不気味である。特に、南華が不穏な現状では、それなりの対処をしなければならない。
「貴円を慶に戻せ、ということか。しかし、おぬしが程に向かい、貴円が慶に行くなら、朕は誰を相談役とすれば良い」
「大夫の賈術がよろしいでしょう。彼は知謀に優れ、また胆力もあります。大事を漏らすこともありません。陛下の相談役として十分務まることでしょう。またあわせて慶王の代わりに薛王を都に招くことをお勧めします」
白約楽の口から出た名前は、皇帝にとって少々意外であった。
薛王については一族の長老のようなものであり、彼を相談役とすること自体は特に以外でもない。
しかし賈術に関して言えば、その実務能力は知っていたが、その智謀については聞いたことがなかったからである。
「賈術か。大司農の景達はどうだ」
皇帝は、もう一人の瑛の策士の名前を挙げた。しかし、白約楽は小声で否定した。
「彼もまた知謀に長じ有能な男ですが、野心家であり、陛下の個人的な相談役には不向きでしょう」
「そうか。ならば一度、賈術を呼んで話を聞いてみよう」
「それがよろしいでしょう」
そう言うと、白約楽は最後に皇帝に一つの疑問を述べた。
「陛下はなぜ程王を叛意ありと断じられたのですか」
その問いに、皇帝は苦笑しながら答えた。
「叔父上はあれでなかなかの愛妻家だ。もし本当に疑いを晴らし、都に留まる気があるのなら、共に都に連れてきたはずだ」
その言葉を聞くと、白約楽は一礼して退出した。
白約楽にとって、一番警戒すべき人物は常に慶王法貴円だった。太子と皇帝が都を離れたときに、彼だけを都に残すのは、避けるべき最も危険な状態だったのである。
もちろん、渓雷族に関する話も嘘ではない。
しかし、彼はそれを利用して慶王を一時的に都から追い出そうと考えたのである。自分の進言により、少なくとも程王の謀反を鎮圧し、皇帝と太子が都に帰るまでは、慶王もその領地から帰って来ることはできないであろう、そう白約楽は考えたのだった。
そして、大夫の賈術という男は、彼と同じく名門の出身ではなかった。白約楽は賈術を皇帝に勧めることで、瑛に残る名門主義に対抗できる勢力をつくることを考えていたのである。
白約楽にとって、今が執念場であった。
彼は丞相を退き、はた目には彼の力は半減したように見える。しかし、若い頃から皇帝法安才と友人のように付き合ってきたため、実際には彼の皇帝に対する影響力はそれほど減ってはいなかった。むしろ、丞相の位にいたときの激務から解放された分、彼は自由に動けるようになっていた。
彼は元々が商人である。そしてその実家である白家は都でも一、二を争う豪商であり、従兄弟の白羊策に代表される独自の情報網を持っている。彼等商人は、統一前からどこへでも自由に行き来をしていた。このため、彼等は真っ先に情報を仕入れることができた。つまり、彼等の情報は常に最新のものなのである。
そしてまた、白約楽は実家の力で様々な噂を流すこともできた。奉の朝廷に、白貂娘の中傷を流せたのもこのためだったし、都に程王謀反の噂をあっという間に広めることができたのも、実家のお陰だった。
つまり、彼の政敵にとって、彼が丞相の位にいたときよりも、今のほうが警戒すべき力を持つようになっていたのである。しかし、彼等はそうした商人の力を過小評価していたため、すでに白約楽の時代は過ぎたと考えていたのだった。
程王が都についてから二週間の後、程からの使いが、程王の長男が重い病気にかかったとの知らせをもってやってきた。皇帝は程王にすぐ見舞いに戻る様に言った。
「朕は政務が忙しいため、直ぐには南華に行くことはできない。しかし、いつまでも巡幸をしないわけにもいかないので、近いうちに太子を遣わそうと思う。その際には太子の案内役を務めて欲しい」
「もちろんでございます。南華は風光明媚な地であるゆえ、きっと太子もお気に召すことでしょう」
そういって程王は自分の領地に帰っていった。
またそれから一週間後、慶王が領内を巡察するようにという皇帝の命を受けて、慶の地へと向かい、代わりに薛王が都へ招かれることとなった
なんだか主人公が出てこない話が続いてすみません。
次回には登場予定です。
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