第十八章 法安才、法九思を許しつつ南への備えをする 1
程王法九思が都に到着したのは光玄十年の六月の事だった。
彼は皇帝の前に出ると頭を床に打ち付け、涙を流しながら自分の立場を弁明した。
その程王の姿を見た高官達の多くは驚き、現在都に流れている噂は、やはり根も葉もない噂に過ぎないのであろうと考えた。
しかし、その場にいた者のうち、少なくとも二人は程王の様子を冷ややかな目で見ていた。
その一人は白約楽である。
彼の眼には、程王はあらかじめ決められた筋書き通りに演じているに過ぎず、そのしぐさ一つ一つも大げさな芝居を見せられているだけであった。
そしてもう一人、程王の演じる三文芝居を冷ややかな眼で観ていたのは慶王法貴円だった。
彼は慶の国に封じられても実際にその地に行くことはなかった。
王に封じられても朝廷に申請することで、代理人に任せることができる。この代理人は相と呼ばれ、慶国の相には陰常という者が就いている。
慶王が自分の国に行かなかったのは、皇帝の意向だった。皇帝は彼を自分の身近に置いて、相談役としていたのである。
そして彼も叔父が謀反を企てているらしい、という情報を既に入手していた。
それはもちろん白約楽とは別の経路で入手したものだったが、やはり物的な証拠はなく、あくまでも状況証拠からその可能性が高いというものであった。
彼はそのことを皇帝に報告はせず、引き続き調べさせていた。
彼が皇帝に報告しなかったのは、物的証拠がないこともそうだが、白約楽が先に報告するであろうということも見越してのことであった。
ただし彼自身は程王の謀反はほぼ間違いないだろうと考えていたし、今日の叔父の態度を見てそれを確信したのだった。
彼は叔父の性格を熟知している。叔父は尊大で傍若無人な男だった。
もし叔父が本当に謀反を企てていないのなら、そのような根も葉もない噂で自分に疑いがかけられたことに激怒し、甥の皇帝を罵倒しかねない人物である。
たとえ罵倒しないにしても、皇帝と口も聞かなかっただろう。どちらにしても泣いて許しを請うような真似はしない。
つまり、今、目の前で繰り広げられているこうした態度を取ること自体、叔父が何かを企んでいることの証拠だった。
ともあれ、程王がこうして入朝し、泣いて弁明している以上、国としてもどう対応するかを決めなければならない。
高官たちの目は皇帝に集中した。皇帝が程王にどんな言葉をかけるかが、今後の程王の処遇に大きく影響するからである。
「程の地よりの長旅、ご苦労であった。叔父上についてのあらぬ噂が都に流れているようだが、気にすることはない。暫くは都でゆるりと休まれよ」
皇帝が慰労の言葉を口にしたことで、高官たちは心の中で安堵の息を漏らした。もしも程王の罪を問うことになれば、国を揺るがすほどの影響が出るからである。
「お心遣いありがたく思います。南華にはまだ不穏な動きがありますので、かの地への巡幸の件、陛下も御再考下さい」
程王は最後にそう言うと、謁見の場から去っていった。
その後、皇帝は改めて程王に関して都に流れていた噂を事実無根のものであるとして、彼への追加措置を保留とした。




