第十七章 白約楽、策を弄して程王を都へ参内させる 2
「傑、これはどういうことだ。儂の計画が、すでに都中の噂になっておると言うではないか」
程王は顔を真っ赤にしながら自分の幕僚の一人を呼び出して怒鳴りつけた。しかし、傑と呼ばれた男、姓を重と言うその男は、顔色一つ変えずに返答した。
「恐らくはあの商人あがりの白が嗅ぎ付けたのでしょう。あの男なら当然です」
重傑は白、つまり白約楽の事をいかにも憎らしそうに口にした。
「なにを他人事のように。挙兵前にこんな噂が流れては、身動きが取れんではないか」
苛立たしい気持ちで法九思は重傑をなじったが、彼は涼しい顔でそれを宥めた。
「お落ち着き下さい」
「落ち着いていられるか。そうだ、事がばれた以上、すぐに蜀将軍と連絡を取って、一刻も早く行動に移さねばならん」
法九思は事を急ごうとしたが、それこそ白約楽の思う壺であった。それが手に取るように判る重傑は、冷ややかな態度で|彼を止めた。
「それは止したほうがよろしいでしょう。まだばれた訳ではありません。今は噂にすぎないのですよ」
「ばれたも同じだ」
「いいえ、違います。我々……少なくとも私は、謀反の証拠を残すような真似はしませんでした。謀反の証拠がない以上、皇帝と言えども、程王をどうすることもできないはずです。せいぜい、参内して釈明するように求めてくる程度でしょう」
冷静に先のことを口にする重傑の態度に苛立った法九思は、再び怒りを爆発させた。
「それが問題ではないか。参内して、そのまま都に留め置かれたなら挙兵どころではなくなるのだぞ」
「ええ、留め置かれたならそうでしょう。参内して釈明したなら、すぐに帰ってくることです」
重傑は簡単にそう言ったが、謀反の容疑で呼び出されたものが、直ぐに帰れるはずがない。
「どうやって帰ると言うのだ。無理に帰ろうとするなら、かえって怪しまれる事になる」
「無理に帰る必要はありません。帰らなければならない理由を作れば良いのです」
自信ありげな重傑の言葉に、法九思もやっと、落ち着いて来た。
「……策はあるのか」
「あります。白の裏をかいて、参内させたことを後悔させて見せましょう」
重傑はそういうと、陰惨な顔付きで微笑んだ。
朝廷から程王に対して参内するようにとの正式な勅命が下ったのは光玄十年の五月の事である。
これに対し、程王は勅命が下ったその日に、すぐ参内するとの返事を送り、また彼もその返事を出した翌日に程の都である開砂の町を出発したのだった。
この反応の速さは、朝廷内に彼の謀反の噂はやはり噂に過ぎない、という思いを抱かせた。
皇帝も白約楽の話に疑念を抱くようになり、再び彼を自分の部屋に呼び出した。
「叔父上はすぐに参内すると言うではないか。しかも、連れてくるものは最小限の人数だと報告がきている。やはり謀反は間違いではないのか」
皇帝の詰問に対し、白約楽は自信を持って程王謀反に間違いはないと言った。
「私が都に噂を流したのが二週間ほど前、そして十日前に勅使が出発しています。しかも、勅使は参内の理由を述べてはいません。それなのに程王がこれほど早い反応を示したのはなぜでしょうか」
「都に自分の謀反の噂が流れたせいだろう」
「そうです。程王はたった二週間で都の情報を手に入れていたのです。噂は風よりも早いと言いますが、それだけではないでしょう」
「都の動向を探っていたというのか」
「あの方が自分の無実を証明するためだけにこれほど早く行動を起こすと思われますか。むしろ、やましい事があるからこそ、自分の噂を打ち消すために素早く行動を起こしたのでしょう」
程王の性格は、皇帝自身が良く知っていた。少なくとも、都の動向を伺ったり、自分の悪い噂のために慌てるような、小心な人物ではなかった。小心でない人物が小心者のような行動をするのには、やはり後ろめたいことがある時である。
「ならば、やはり叔父上を都に留め置くべきだというのだな」
「はい。しかし、難しいでしょう。彼もそのことは承知のはずです。これほど早く動いたということは、恐らくはこちらが拒否できないような理由を作って、自分の領地に帰るつもりなのでしょう」
白約楽の返事に、皇帝は戸惑った。




