第十六章 丁義堅、白約楽に事の真相を確認する 2
「実を言えば、段珪軍はたとえ灰山の戦いで負けなくても、兵を引いたはずだ。あの時点ですでに、錐烏の兵が段珪の領土を侵略していたからな」
「では攪乱策は成功していたのか。君は私に知らせてくれなかったじゃないか」
丁義堅にとって、それは初耳であった。元々、錐烏を動かして段珪の後方を撹乱する、という策は、丁義堅が白約楽に依頼した事だったのである。それを隠していたとなると、毒を盛られたことよりも重大な裏切り行為である。
彼は自分に毒を持ったという事実を明かされたときよりも、さらに危険な目つきになった。
しかし、白約楽にも言い分はあった。
「私だって隠していたつもりはない。ぎりぎりまで成功を確認できなかったんだ。まあ、成功を疑っていたわけじゃないが、この手の交渉事は土壇場でひっくり返ることもあるからな。事が事だけに確実な情報が届くまでは、君に知らせないほうがいいと思ったんだ」
その言い分は、丁義堅にも理解できた。
不確実な情報をもとに戦をするのは危険である。特にその情報が自軍に有利な場合は、味方の慢心を招く恐れがある。
それでも、白約楽の一連の行為を丁義堅は黙って許すことはできなかった。
「しかし、私が倒れたために何万という兵が命を落とした。その責任はどうとるつもりだ」
丁義堅は白約楽に詰め寄った。しかし、白約楽は口元に皮肉な笑いを浮かべて答えた。
「義堅。君は以外と思い上がった奴だったようだな。たとえ君が倒れなくても、兵は失ったかもしれないぞ。それに、万一の事も考えて軍を編成するのが君の役目じゃないか。それを怠ったために、瑛軍の指揮系統が乱れて、敗戦の憂き目を見たんだろう」
そういわれて丁義堅は言葉に詰まった。
確かに今回は毒を盛られたためだとはいえ、他の理由で自分が采配を揮えなくなる可能性も十分あるわけで、そのための備えを欠いていたのは事実だからである。
しかし白約楽も、それ以上は彼を非難はしなかった。
「まあ私も、君が抜けただけで、あそこまで瑛軍が弱くなるとは思わなかったからな。そういう意味では私にも責任がある。しかし、今はその責任をとるわけにはいかないんだ」
「どういうことだ」
「今、瑛は建国以来の危機を迎えている。北伐で君を失うわけにはいかなかったんだ。万一、君が流れ矢で死ぬようなことがあっては困るからな。前線に出なければ、その心配もないというわけさ。私も今が正念場なんだ」
丁義堅はしばらく黙っていた。結局、丁義堅には白約楽の話に異論を挟むことはできなかった。天下の大将軍といえども、白約楽の舌にはかなわない、というわけである。
丁義堅は白約楽に最後の質問をした。
「君の言い分はだいたい分かった。まだ全て納得した訳ではないが、君には君の立場があるんだろう。最後に聞かせて欲しい。瑛の危機とは何のことだ」
「一つは程王と水軍都督の事だ。彼らが結託して謀反を企んでいる」
そういうと、白約楽は丁義堅に事のあらましを伝えた。
「これから、彼らがどう動くかは今のところはっきりとは分からない。分からないが、私の予想では、彼らの謀反の噂を流してやれば、一気に事を運ぼうとするだろうと考えている。あるいは頭の切れる幕僚でもいれば、知らぬ顔をして参内してくるかもしれない。どちらにしても、瑛の本軍に常勝の丁大将軍がいることが大切なんだ」
「そうか。確かに一大事だ。しかし一つは、ということは他にも懸案事項があるんだろう。それはなんだ」
「私はそんな言い方をしたか」
「確かにした」




