第十六章 丁義堅、白約楽に事の真相を確認する 1
翌日の夜、丁義堅は例の毒薬の件を問い質すために、白約楽の屋敷を訪れた。
彼が白約楽の屋敷の門をくぐると、すでに主人から申し渡されていたらしく、すぐに一室に案内された。
彼がその部屋に入ると、聞きなれた声で名前を呼ばれた。
「よう、義堅。遅かったの」
そこにいたのは興魏であった。
「興先生、どうしてここにいらっしゃるのですか」
丁義堅が驚いて理由を尋ねると、興魏は笑いながら答えた。
「なに、約楽が何を考えておるのか、儂も興味があったのでな。それに、儂のいないところで話されて、儂一人が悪者にされてはかなわんし」
「しかし、なぜ今晩私がここに来ると知ったのです」
「医者と商人は情報が早いのじゃよ」
興魏はそううそぶくと、後は答えようとしなかった。丁義堅は仕方がなく彼の横に座り、白約楽が来るのを待った。
やや暫く経ってから、白約楽が部屋へと入って来た。
「遅れて申し訳ありません。今、帰ってきたのです」
「また何か悪さをしとるのか」
丁義堅が口を開く前に、興魏が文句をいった。
「先生、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。別に私は、後ろめたいことはしていません」
白約楽は笑って興魏の言葉を否定すると、改めて丁義堅の方を向いた。
丁義堅は言い逃れは許さないという目で彼を見据えていた。もちろん、白約楽もいまさら彼に嘘をつく気はない。丁義堅は何かを言おうとしていたが、機先を制して彼は頭を下げた。
「義堅、君に説明をしなかったのは悪かった。しかし、予め説明をしたとしても、君は拒否するだろうと思って、あのような手段を使ったんだ」
丁義堅は、白約楽の顔を見たなら真っ先に文句を言ってやろう、と考えていた。しかし、興先生の存在に気をそがれた上に、自分が物を言う前に謝られてしまったため、今更文句を言うのもばかばかしい気持ちになってしまった。
そこで彼は、単刀直入にその理由を聞く事にした。
「君はいったい何を企んでいたんだ」
「企むというほどでもない。ただ、これ以上、君に活躍をされると、少々困ったことが起きるんだ」
「なぜだ」
自分が瑛のために働くことで、問題が起きるといわれては、丁義堅も心穏やかではいられない。
白約楽は、すぐにその説明を始めた。
「君は瑛の建国以来、様々な戦功を立ててきた。すでに瑛が報いることができないほどだ。同時に、君がいるために他の軍人が育たなくなっている。もし北伐まで君が戦うなら、たとえ君が勝っても、そのことが瑛にとって新たな重荷となってしまう」
確かに、軍内の人材不足は瑛の懸案ではあった。しかし、それだけで毒を盛られてはたまったものではない。
「しかし、それだけの理由で……」
丁義堅は再び文句を言おうとしたが、白約楽はそれを遮って、さらに話を続けた。
「それだけというがな、義堅。確かにこれは、私や君にとってみれば大した問題ではないかもしれない。しかし他の者にとっては重大な問題なんだ。彼等の中には、私や君が功績を独り占めしていると考えている者もいる。そんな連中に狙われたなら堪らないぞ。下手をすれば、その下らない理由のために命を落とすことになりかねん」
「だが、北伐の最中に……」
毒を盛ることはないではないか。丁義堅はそう言おうとしたが、白約楽はその言葉が出る前に、その追求に答えた。
「だからこそやったんだ。もちろん、君の病気が仮病となれば、かえって身を危うくしかねない。だから興先生にお願いして、毒を盛ってもらったんだよ。どうも興先生の毒はかなり強かったようですがね」
そう言って白約楽は、二人のやり取りを関心なさげに聞いていた興魏の方を見た。
「おぬしが死なない程度に動けなくしろといったからじゃよ」
興魏は、白約楽の言い方に不満があるかのようにそう言った。白約楽はそれを聞き流して話を続けた。




