第十四章 丁義堅、白貂娘の推薦により路艾を宋蘭楽へ託す 3
宋蘭楽は笑いながら白貂娘の方を見た。扉の前でお腹を抱えて笑っているその様子をみていると、とても北伐であれだけ大胆な作戦を立案、実行したのと同一人物とは思えなかった。
「宋将軍でも笑う事があるんですね。始めてみました」
「そういえば、私もおまえの笑い顔を見るのは久しぶりだな」
そう言われて、宋蘭楽は急に笑うのを止めた。
「別に私が笑おうと笑うまいと関係ないでしょう。それより、あの男のどこに将軍の器を見たというんです」
そう言われて、白貂娘も笑うのを止め、一息ついてから、逆に彼に尋ねた。
「宋将軍は名将の条件についてどう思われますか」
自分の質問に答える前に、質問で返された宋蘭楽は戸惑った。
「今は私が質問をしているのです。先に私の質問に答えてください」
「申し訳ありません。でも、路艾様を推薦する理由を説明する前に、宋将軍の考えを聞きたかったのです」
そう言われて、宋蘭楽は渋々考え始めた。
「名将の条件か。やはりそれは戦に勝つことでしょう」
「しかし、勝敗は兵家の常と言われます。歴史を見るなら、敗戦を経験しながら名将の評価を得た人物もいるのではないでしょうか」
「それはそうだ。しかし、戦をする以上、勝つことが将軍に科せられる責務でしょう」
「はい。戦は結果が全てです。どんなよい戦いをしても、負けては仕方がありません」
「そうだろう。やはり名将の条件はまず第一に勝つ戦を出来ることだ」
「では、完全に不利な状況に置かれたならどうでしょうか。最初から勝ち目のない戦さをおこなわなければならないときもあるのではないでしょうか」
「それはそれだ。その時には決定的な負けを受けない様に、また自軍の消耗を最小限に抑えて撤退できなければいけないだろう」
ここまでやり取りをしてから、彼は白貂娘の言いたいことをやっと理解した。
「では、路艾はそれができると言うのか」
「路艾様は北伐の際に、ぎりぎりまで段珪軍に気付かれない道を通って、騎馬隊を案内しましたし、私が指揮できなくなった後も、一兵も欠く事なく軍を引きました」
彼女の言葉に、宋蘭楽はしばし沈黙した。そこで彼女はさらに言葉を続けた。
「将たる者は時として非情にならなければなりません。あの方は私が落馬したことに気付いても、私を助けには来ませんでした。なぜなら、私を助けに戻るなら段珪軍との余分な戦闘をしなければいけなかったからです」
「だが、一人の名将は万兵に優るともいう。多少の損害を覚悟しても、王殿を助けるべきではないか」
宋蘭楽がそういうと、白貂娘はまた笑い出した。
「それは宋将軍の買いかぶりです。それに、遅れるものは置いていくと言ったのは私です。彼は私が出した命令を実行したのです」
宋蘭楽がまだ納得のいかない顔をしていたため、それまで黙っていた丁義堅が口をはさんだ。
「いわば、彼を名将にするもしないも、彼を使うものに掛かっている、ということだ。もしおまえにその自信がないのなら、別に断っても構わんぞ」
「それではまるで、断ったら私が凡将みたいじゃないですか。分かりました。この推薦を受け入れます」
「なんか嫌みたいだな」
「そんなことはありません。喜んでお受けいたします」
宋蘭楽は丁将軍に乗せられたと思いながら、結局、路艾を自分の幕僚として迎えることになった。
「宋将軍、私がお役に立てなくて申し訳ありませんでした。お詫びといっては何ですが、私が一曲お弾きしますので、聞いていってください」
そう言うと、白貂娘は自作の曲を弾きはじめた。宋蘭楽はこれまで、音楽には興味がなかったが、最近は丁義堅の屋敷に来るたびに、彼女の弾く曲を楽しむようになっていたのである。




