第十三章 丁義堅、宋蘭楽に西方都護について語る 3
「そこまでしてなんで洋覇なんていう聞いたこともない異国にこだわるんでしょうね」
宋蘭楽は丁義堅の話を聞き終えると、そう感想を漏らした。
「さあね。ただ、彼が西域に拘るのはそうした自分の夢の事もあるが、それだけじゃない。彼が先日、皇帝に出した嘆願文には、理路整然と西方都護の必要性が述べられていた。だからこそ、陛下も西方都護の存続を決定したんだ。だから、蘭楽も西域で気を抜くんじゃないぞ」
宋蘭楽は、習休の名前は聞いたことはあったが、直接会ったことはなかった。彼はまだ見ぬ自分の上司の、生涯を賭けた夢について考えを巡らしていた。その時、急に丁義堅が別な話を始めた。
「ところで、おまえは駒梨国に行くときに、誰を連れていくんだ」
都から地方へ赴任する際に、自分の側近を連れていくのは常識だった。もちろん、人によってその人数はまちまちであり、法角のようにごくわずかな手勢しか連れていかない者もいれば、法九思などは自分の国へ向かう時、百人近い側近を連れていった。それらは例外としても、大抵は少なくとも十人前後の側近を連れていった。
しかし、宋蘭楽には、そうした側近は皆無だった。彼と親しい参謀の顧謝中と霊顕尺も、彼の側近というより、瑛軍の中で彼に与えられた人物であり、宋蘭楽が勝手に駒梨国へ連れていくわけにはいかなかった。
彼も誰を連れていくか悩んでいた。彼は自分に人望がないことを知っていた。このため、彼が今から頼み込んでも、付いてくるような物好きはいないだろうし、彼自身、そうまでして連れていきたい人物はいなかった。いや正確には一人しかいなかった。そして今日は、その一人に頼み込むために丁義堅の屋敷まで来たのであり、もしその願いが聞き入れられなければ、いっそのこと一人で行こうかとさえ考えていたのである。
「いえ、まだ一人も決めていません」
宋蘭楽は取り敢えずそう慎重に答えた。
「そうか。せめて一人ぐらいは連れていかんと、様にならんぞ。実は、一人おまえに推薦したい人物がいるんだ」
丁義堅のその言葉に宋蘭楽は心臓を高鳴らせた。もしかすると、大将軍は自分の願いを聞き入れてくれるのではないか。そう考えたのである。それでも、彼はできるだけ平静を装った。
「そうですか。大将軍の推薦では無下に断ることはできません。それは誰ですか」
丁義堅の口から、王礼里という名前が出ることを彼は期待した。しかし、その期待は見事に裏切られた。
「実は、北伐のときに戦功のあった、路艾という男だ。おまえも知っているだろう」
その名前が出たときの、宋蘭楽の落胆ぶりは丁義堅にも分かった。
「路艾。しかし、あの男は白貂娘を見捨てて一人で逃げたのですよ。そのような者を私の幕僚にするのは、どうも気が引けますね」
「おまえ、私の推薦なら無下には断らないと言ったばかりではないか。それとも、別な人物でも期待していたのか」
「私が白貂娘を幕僚に迎えたいのはご存じでしょう。なぜ、それをそのような実績もない人物を推薦するのです」
「実績がなかったのはおまえも同じだろう」
「私と一緒にしないでください」
宋蘭楽は再び機嫌を悪くした。丁義堅はその様子を見て、こいつももう少し自分の感情を隠せるようになれば大軍を任せられるんだが、と思った。
しかし、そのことは口には出さず、路艾を推薦する理由を話し始めた。
「実を言えば、路艾を推薦しているのは礼里なのだ。北伐のときに彼と一緒に行動しただろう。その時の彼の活躍が気に入ったらしい」
「しかし、活躍と言っても、あいつが一体何をしたと言うんです。少なくとも、私は彼の北伐での活躍の話など聞いたことがないですよ」
「それは、おまえの見方が狭いからだよ。私は礼里から話を聞いただけだが、確かに推薦するだけの理由はあると思ったし、だからこそおまえに勧めるんだ」
丁義堅に見方が狭いと言われて、宋蘭楽は余計機嫌を悪くした。
「おまえも、少々のことですぐにへそを曲げるな。そんなことでは何時まで経っても西域から帰ってくることはできないぞ」
「しかし、納得できません。納得できない以上、推薦を受け入れる事は出来ません」
「そうか。では興先生の診察が終わった後で、礼里をこちらへ呼ぼう。私の口から聞くより、彼女から直接聞くがいい」
そう言ったとき、丁義堅はその言い方がさっきの興魏と同じであることに気付いた。




