表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第一部 北伐編
4/147

第一章 高寿蘭、段珪へ赴き夏臥単于とまみえる 3

 夏臥(かが)単于(ぜんう)が率いる部族の集落は、さすがに立派だった。高寿蘭(こうじゅらん)はそれでも、(えい)の使節団長として、いささかも臆することなく単于(ぜんう)と会見した。一通りの挨拶の後、いよいよ高寿蘭(こうじゅらん)は本題に入った。

「古来より、段珪(だんけい)単于(ぜんう)は中原で帝が代わるなら、その都度、入朝し、朝廷よりの印綬を受けていました。この度、我が大(えい)は中原に長い間、割拠していた賊共を平らげ、その威光は四海に満ちております。にもかかわらず、単于(ぜんう)は未だ一度も我が国に入朝しておりません。よろしく入朝なさい、我が国からの印綬をお受けになりますように」

 高寿蘭(こうじゅらん)は最初から夏臥(かが)単于(ぜんう)に対して高圧的に接した。これは、皇帝の意向であった。相手に弱みを見せてはならない、ということで、これはつまり皇帝の段珪(だんけい)討伐の意志を強く示すものであった。もちろん、高寿蘭(こうじゅらん)も死を覚悟しての言葉である。

 しかし、夏臥(かが)単于(ぜんう)はそのような高寿蘭(こうじゅらん)の態度を鼻で笑った。

「古来というが、それはいつの話のことだ。南では長いこと続いた戦乱がやっと収まったようだが、その間、段珪(だんけい)は別に不自由はなかったぞ。それをなぜいまさら、(えい)などという素性も知れぬ国に行かねばならぬ理由があろうか。その方もそんな国に忠義を尽くすより、我が元へ来て、我が手足となって働いた方が将来のためぞ」

「私は(えい)の臣であり、帝こそ私の主人です。帝を裏切ることはできません」

「そうか。(えい)には、自分の主を離れた者が多く仕えていると聞いたがな」

 夏臥(かが)単于(ぜんう)のその言葉に、高寿蘭(こうじゅらん)は唇を噛んだ。

 (えい)は、周囲の国を滅ぼした際に、有能なものは積極的に登用したのである。このことは、そうした国が(えい)に降り易くさせ、結果として(えい)の天下統一は早まり、また滅ぼした国の統治もやりやすくなったのである。

 そして、高寿蘭(こうじゅらん)もまた、元は(ほう)の高官だった。高寿蘭(こうじゅらん)(ほう)の都が(えい)軍に囲まれた時、降伏の使者として、(えい)軍の指揮官だった丁義堅(ていぎけん)将軍の元へ行き、見事にその任を全うした。この時の高寿蘭(こうじゅらん)の働きが皇帝の耳に入り、今回の任務への抜擢となったのである。

 夏臥(かが)単于(ぜんう)の言葉は、いわばそうした高寿蘭(こうじゅらん)に対する皮肉でもあった。元は(ほう)の臣であったのに、今は(えい)の臣ではないか。そんな言葉が高寿蘭(こうじゅらん)には聞こえてくるようであった。

「まあよい。私の元に留まるなら、そのうち考えも変わるであろう」

 言葉を失った高寿蘭(こうじゅらん)に対し、夏臥(かが)単于(ぜんう)はそう言って、左右のものに彼を捕らえさせた。

「我々は既に南進を決めている。そちも我が配下になった方がよいぞ」

 結局、夏臥(かが)単于(ぜんう)高寿蘭(こうじゅらん)以下、使節団全員を捕らえた。彼は中原に兵を進め、そこを支配するという野望を持っていた。その時のために、一人でも多くの有能な人物を配下に増やさねばならなかった。彼らはいわば、そうした彼の計画の第一段階であった。



 (えい)の使節団を捕らえ、夏臥(かが)単于(ぜんう)が側近の者と今後の計画を立てていると、取り次ぎの者が彼に再び来客を伝えた。

「今日は客人が多いな。今度は誰だ」

亮塩(りょうえん)殿です」

「ほう、亮塩(りょうえん)が自ら出てきたか。よし、直ぐに会おう」

 夏臥(かが)単于(ぜんう)が会見の場へと出向くと、そこにはすでに亮塩(りょうえん)が座っていた。

「大王様もご機嫌麗しく」

 亮塩(りょうえん)はそう言って夏臥(かが)単于(ぜんう)に挨拶をしようとしたが、彼はそれを止めた。

「そんな他人行儀にならなくてもよい。おまえが自ら出てくるとは、珍しいことだ。今日は何の用かな。我が閼氏(あつし)となる決心がついたかな」

 閼氏(あつし)とは、段珪(だんけい)の首長である単于(ぜんう)の持つ正妻の事である。夏臥(かが)単于(ぜんう)はこれまでに五人の妻を娶っていたが、最初の閼氏(あつし)であった史鵡知(しむち)は先年、死亡していた。

 改めて閼氏(あつし)を決める必要があったが、彼は、すでに子供のいる他の妻よりも、新たに聡明で中立の立場を取りうる女性を閼氏(あつし)として迎えることで、将来起こりうる後継者争いを押さえようと考えていた。そして彼は、亮塩(りょうえん)が最もふさわしい人物と判断し、閼氏(あつし)となるよう彼女に求めていたのである。

 しかし、亮塩(りょうえん)はその申し出を受け入れることはしなかった。今日、ここに来たのも、そのためではなかった。

「その件につきましては、以前もお話ししましたように、私のような者は大王様にふさわしくありません。今日は別のお願いがあって参りました」

「ふむ、そうか。それで、その願いとはなんだ」

(えい)の使節団を引き取りたく思います」

 亮塩(りょうえん)の突然の申し出に、夏臥(かが)単于(ぜんう)は当然のごとく難色を示した。

「その願いは聞き入れる訳にはいかん。我々は彼らを必要としている」

「大王様、どうか、お怒りにならずに私の話をお聞きください。彼らは大王様の元では働かないでしょう。彼らは皆、死を覚悟してこの地へ来ております。ですからどんな脅しも効きませんし、またどんな報酬にも心を動かすことはないでしょう。(えい)の皇帝はそういう者を選んで、使節団を構成したからです。といって、彼らを殺すなら、大王様の南進計画は難しくなりましょう。(えい)の民衆は残忍な主人を嫌います。使節団を殺してしまうような人物が来る、と知ったなら、彼らは必死に抵抗するでしょう」

 夏臥(かが)単于(ぜんう)亮塩(りょうえん)の話に考え込んだ。中原制覇の野望を持つ彼にとって、確かに使節団を拘留した、という悪評はあまりありがたくないものである。しかし、亮塩(りょうえん)に彼らを引き渡したなら、彼らは彼女を連れていくのは火を見るより明らかだった。夏臥(かが)単于(ぜんう)も、彼女の正体については見当がついていたのである。

「有能な者を欲するのであれば、有能な者を優遇し、その者の考えを尊重することです。そうするなら自然に有能な者は大王様の元に集まりましょう」

 結局、夏臥(かが)単于(ぜんう)亮塩(りょうえん)のその言葉を入れることとした。

 亮塩(りょうえん)が会見の場を出る時、夏臥(かが)単于(ぜんう)は一言、彼女に言った。

「おまえを我が閼氏(あつし)とできずに残念であった。白貂は再び戦場に戻るのか」

 しかし、亮塩(りょうえん)は微笑みながらそれを否定した。

(えい)には、数多くの将軍がおります。私ごとき者の出る幕はないでしょう」

 それから少し間を置いて、さらに言葉を続けた。

「私の飼っている三頭の馬を今日は連れてきています。黄藍重来(おうらんちょうらい)を除く二頭は大王様に献上いたします」

「それは嬉しい。大事に乗らせてもらう事としよう」

 夏臥(かが)単于(ぜんう)は笑ってそう言いながら、その場を下がった。


 高寿蘭(こうじゅらん)ら使節団の一行は、突然、解放されたことに驚き、さらに彼らを引き取ったのが亮塩(りょうえん)であったため、さらに驚いた。

亮塩(りょうえん)殿、なぜあなたが私たちを助けたのです。私の言葉の意味が分からなかったのですか」

 高寿蘭(こうじゅらん)亮塩(りょうえん)に近づくと、そう小声で尋ねた。彼は暗に、彼女に逃げるよう言ったのである。

「いいえ、良く分かりました。そして、高大夫が(えい)にとって必要な方であることもわかりました。ですから、私は皆さんをお助けしたのです」

「しかし、あなたは(えい)から逃げたのではないのですか」

「もう良いのです。それに私は、逃げていた訳ではありません。前にも申しましたとおり、(えい)に降る前に心の整理をしたかったのです」

「それは、国が滅んだ、ということですか」

「それもあります。しかし、もう過ぎたことです。それに私はやはり、寂しいところに住むのには向いていないようです。さあ、約束です。私を都へ連れていってください」

 結局、高寿蘭(こうじゅらん)は彼女を都まで護送することになった。そして、回光(かいこう)を先にやり、皇帝に今回の結果と、途中で捕らえた女性のことを伝えさせた。

(ほう)の将軍、白貂娘(はくちょうにゃん)王礼里(おうれいり)を捕らえました」

 この報告は、皇帝以下、その場にいた人々すべてを驚かすのに十分であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ