第十二章 宋蘭楽、丁義堅の見舞いへ向かう途中で興魏と会う 3
「おぬし、最近はちょくちょく義堅の所へ行っとるそうじゃな」
突然の興魏の質問に、宋蘭楽は心の中で再び舌打ちをした。
「はい」
「ろくに顔も見せなんだくせに、なぜ今更あいつの所へ通うんじゃ」
宋蘭楽は興魏と同行した事を後悔した。いっそ、会った時点で後戻りをした方が良かったと、本気で思った。彼は精一杯、自分を押さえて聞き返した。
「なにが言いたいのです」
「なあに。おぬしの考えとる通りじゃよ」
興魏の、そのいかにも全てを知っている、という言い方が、宋蘭楽には気に入らない。彼は思わず声を荒げた。
「私が何を考えているというのです」
「白貂娘のことじゃよ」
宋蘭楽は興魏の言葉に頭を抱えた。ここにも勘違いしている奴がいる。
「私が彼女に対して何を考えていると言うのです」
「さあな。ただ、これだけは言っとくぞ。あの娘に手を出すのは止めたほうが良いぞ」
「別に私は」
相手が誰であろうと、誤解は解かねばならない。噂話に対しては、言い訳をした方が余計、怪しまれる、という法則を宋蘭楽は失念している。しかし、彼が反論をする前に、興魏がさらに話を続けた。
「なにも、儂はおぬしがあの娘に惚れとるなぞとは考えておらん。ただ、あの娘は狙われとる。迂闊に幕僚にすれば、おぬしも災難を被ると言っておるのじゃ」
宋蘭楽は言葉を失った。
宋蘭楽は、北伐の前までは白貂娘のことなど眼中になかった。
世間一般の白貂娘伝説ともいうべき噂は、結局のところ彼女の才能より運によるものだと、彼なりに解釈していた。
もちろん、彼自身も奉の攻略戦に加わっていた。しかし、彼は戦場では一度も彼女を見たことはなかった。
実際に彼女と戦場で戦ったのは法角である。彼にとっては、法角と戦って勝ったとしても何の自慢にもならなかった。丁将軍を穂城で破ったのも、元々、景達が立てた作戦に無理があったのだし、白廊関での攻防戦は、丁将軍が力攻めを避けたために一年も持ちこたえられたにすぎない。
当然、そう考えている彼には、丁将軍が白貂娘にこだわる理由が分からなかった。しかし、その気持ちも北伐での彼女の戦いを見て一変したのである。
最初、彼は回光が敗走兵を段珪本陣に追い込んだとき、丁将軍が回復したのだと考えた。彼は必ず、もう一撃があると考えて、段珪の気をそらすために王冠計将軍と共に段珪軍へと突っ込んだのである。
案の定、段珪は最初こそ頑強に抵抗したが、突然、戦意を失って敗走を始めた。彼等はその隙に灰山から脱出できたのである。そしてその時に彼は、戦場を疾走する騎馬の小部隊を見た。
彼は一瞬、退却を忘れて見とれてしまった。騎馬隊の統制はそれほど良く整っていた。騎馬隊は彼等に気付くと馬首を巡らして接近してきた。隊長らしき人物は見事な馬に乗った、小柄な人物だった。
「南に、回監軍が率いている本隊がいます。できるだけ戦いを避けて、まず本隊と合流してください」
それだけ言うと、すぐに彼女の小隊は敵の中に消えた。
馬上の人物が白貂娘であり、しかも彼女がこの作戦を立てたことを知ったとき、また彼女がそのあと、流れ矢に当たって段珪の捕虜となったことを知ったとき、彼が最も熱心に彼女を段珪から取り戻そうとしたのは言うまでもない。
この時から、宋蘭楽は白貂娘を是非、自分の幕僚に加えたいと考えるようになった。彼にとってそれは、自分の武将としての運命を左右するものとも思われたのである。
しかし、この宋蘭楽の願いは、丁義堅に聞き入れられることはなかった。丁義堅としては、彼女を戦場に出すことを好まなかった。
それでも諦める事なく、彼は何か理由をつけては丁義堅の元に通うようになった。世間ではしかし、彼のこの行為を曲解し、彼が白貂娘に惚れて、結婚を申し込んでいると噂していたのである。
「狙われているとは、どういう意味です」
宋蘭楽は興魏にそう尋ねた。
「文字通り、あの娘の命を奪うということじゃ。悪いことは言わん、あの娘は諦めろ」
そう言うと、興魏はそれ以上何も言わず、丁義堅の屋敷まで向かった。




