表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第二部 策謀編
36/147

第十二章 宋蘭楽、丁義堅の見舞いへ向かう途中で興魏と会う 2

 南華地方の富を持ってすれば、全世界を買い取れる、とまで謳われた経済力ではあるが、やはり負担は負担である。当然、彼等の不満がいつかは噴出するだろう。

 もちろん、皇帝もそのことを知っている。彼は南華地方の民の不満をそらすため、彼等の文化に対する敬意を示した。朝廷内での音楽や様々な道具類を、彼等の用いているものと同じものにして、彼等が中原の正統な文化を継承して来たことを認めたのである。

 たとえば、少傅として喜香(きこう)太子に礼儀作法を教えている陰支訓(いんしくん)が、南華の名門である(いん)氏の出身であることは、その事を如実に物語っている。

 彼の他にも、南華出身の人物を多数、中央に呼び寄せており、朝廷内で重職に就いていた。また、中原の太守が例外なく中央任官であるのに対し、南華地方は(えい)に降った時点に太守だった者が、そのまま継続してその地位に留まっていた。


 ただし、これらのことによって、南華地方の知識階級の不満をそらすことはできたが、当然、そうした事とは関係ない一般大衆の不満を解消することはできなかった。

 さらに太守の留任を認めた事により、一部の太守は半独立状態になる、という弊害もでていた。


 こうした問題と同時に、私塩業者の問題もあった。

 (えい)では塩の販売は国営であり、国家の収入の大きな部分を占めていた。しかし、南華地方には昔から、大小様々な私塩業者が存在していたのである。

 もちろん、南華に存在した国々も、塩に税金をかけていたが、細切れに分割されたこの地方では、私塩業者を完全に摘発する事は困難だった。

 それが(えい)によって統一された事で、事情が大きく変わったのである。(えい)の朝廷では、南華地方最大の私塩業者であった、高遂(こうすい)という人物を捕らえる事で、彼らを牽制した。

 これによって、国の財政は潤ったが、私塩業者と影で手を結んでいた、この地方の一部の豪族の反感を買う事にもなった。


 結局、この地方は、(えい)にとって火薬庫のような存在となったのである。


 また、歳弊問題は、(えい)の西に広がる砂漠に点在する、都市国家にも影響を与えた。


 元々、(えい)はそれら都市国家の独立を認め、毎年、入朝するように求めていた。

 しかし、都市国家の中にも親(えい)派と反(えい)派があり、反(えい)派の巨頭である児充(こじゅう)国は地理的に近い段珪(だんけい)と親しくし、他国が(えい)に接近しないように圧力をかけていた。

 それでも、(えい)が天下を統一すると、(えい)と交渉を持とうとする国家が増え、一番の親(えい)派である駒梨(くり)国には(えい)の西方都護が一部隊を率いて駐屯していた。

 しかし、(えい)段珪(だんけい)との戦が限りなく(えい)の負けに近い結果で終わると、彼等は(えい)と接近しすぎることを危険と考えるようになった。このため、駒梨(くり)国とそこに駐屯する(えい)軍は肩身の狭い思いをするようになった。肩身が狭いうちはまだ良いが、他の国に攻められる可能性もあるのである。

 しかも、(えい)段珪(だんけい)への歳弊のため、財政が厳しい状態にある。金のかかる割に実際的な利益の少ない西域経営は、真っ先に廃止の対象として論じられ、ますます駒梨(くり)国の立場は苦しくなった。


 この時、西方都護であった習休(しゅうきゅう)という人物が、駒梨(くり)国の苦しい立場を説明し、もしここでこの国を見捨てるなら、(えい)の権威は失墜し、西域は二度と(えい)には従わないであろう、という主旨の長文の手紙を、皇帝に宛てて書き送り、西方都護の存続を嘆願した。

 結局、この習休(しゅうきゅう)の願いが聞き入れられ、規模はある程度縮小されるものの西方都護を置き続けることに決定したのである。


 このため、鎮西将軍への就任が決まったまま、駒梨(くり)国への赴任の目処が立たずに立場が浮いていた宋蘭楽(そうらんがく)も、やっとその五月に、二千の兵を率いて駒梨(くり)国へと向かうことが決定したのである。




 宋蘭楽(そうらんがく)はしばらく都を離れることになったため、丁義堅(ていぎけん)に挨拶をするために、彼の屋敷へと向かった。

 彼は元々、あまり人付き合いが良いほうではなく、以前は丁義堅(ていぎけん)の屋敷を訪れることもほとんどなかった。彼にとってはそうした付き合いはただ煩わしいだけだったのである。

 しかし、北伐以来、彼は休みの日にしばしば丁義堅(ていぎけん)の屋敷を訪れるようになっていた。


 彼が目的地への道を急ぎ足で歩いていると、彼が最も苦手とする人物とばったり会ってしまった。

「ん、おぬしこんなところで何をしとる。どこに行く気じゃ」

 相手の人物、医者の興魏(きょうぎ)は彼を見付けるとすぐにそう聞いてきた。

「大将軍の屋敷です」

 宋蘭楽(そうらんがく)はぶっきらぼうにそう返事をした。

 興魏(きょうぎ)は軍医である。彼も度々診てもらったことがあるが、腕はともかくとして、患者の扱いが荒っぽいことで有名であった。

 当然、宋蘭楽(そうらんがく)も痛い目に合わされたことがあるが、相手は医者である。仕返しをして倍返しをされてはたまらない。

「ほう、義堅(ぎけん)の所へ。何しに行くんじゃ」

「今度、正式に駒梨(くり)国へ行く事が決まったので、挨拶へ行くのです」

 興魏(きょうぎ)の見透かすような目から顔をそらして、彼はそう答えた。

「そうか。儂もいまからあいつの屋敷へ行くところじゃ。丁度いい。おぬし、儂の荷物を持て。年寄りは大事にするもんじゃ」

 そう言って彼は自分の持っていた荷物を宋蘭楽(そうらんがく)に渡すと、さっさと丁義堅(ていぎけん)の屋敷へと歩き出してしまった。

 宋蘭楽(そうらんがく)は舌打ちをしながらも、その荷物をほうり出すわけにも行かず、結局、荷物を持ったまま興魏(きょうぎ)の後をついていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ