第十一章 白羊策、北の地より帰還して白約楽と対話する 3
白約楽は、白羊策が疑問に思っているのを見て取って、すぐにその理由を話しはじめた。
「劉監が彼女に対する恩賞に反対したんだ。彼に言わせれば、彼女はあくまでも、臨時に奉王の参謀になっただけで、瑛として彼女に報いるものはない、とのことだ」
「そりゃあ暴論だ。よく陛下が納得したな」
「少傅たちが彼の意見に賛同したんだ。特に楊猛は、白貂娘が北伐に行けるのなら、自分こそ軍を率いて参戦すべきではないか、と文句を言ってな。大変な剣幕だったよ」
「あの男か。だが、あの男に兵を率いさせるのは陛下が許さないだろう」
そう白羊策は言った。
彼は経験だけは豊富なので、人材の乏しい瑛にとっては、彼でも使いたいのである。しかし、彼は自分の峻烈さを誇示するために敵を殺しすぎる、と皇帝が白約楽に言ったことがあった。それ以来、彼は軍を離れることになったのである。
その彼が少傅の位に就いているのは、慶王法貴円の推薦によるものであった。実を言うなら、現在、少傅の位に就いている三人は皆、慶王の推薦であった。
うがった見方をするなら、彼らの反対は慶王から出ている、と言えなくもない。しかし、白約楽はあえてその事は言わなかった。言わなくても、白羊策には判るからである。
白約楽はそれ以上、少傅達の事には触れず、白貂娘の恩賞が見送られたもう一つの理由を語った。
「実は、白貂娘自身も恩賞はいらないと言い出したんだ。結局、その言葉が駄目押しになって、彼女への恩賞は見送られた。ただ、陛下はその後で密かに白貂娘を呼んで、彼女に希望するものはないかを個人的に尋ねたらしい」
「ほう、それで彼女は何を望んだんだ」
「はっきりとは分からんが、その後、河園侯が西鹿公に昇格、転封されたところを見ると、どうやら旧主の待遇改善を求めたようだな」
それを聞いて、白羊策も驚いた。
「これはこれは、よくそんな危険な願い出をしたもんだ。第一、彼女は平蘭史に疑われていたんだろう。そこまでする義理はなかろうに」
「さあな。あるいは疑われていたからこそ、そういう願い出をしたんじゃないかな」
白約楽がそういうと、興魏は再び口をはさんだ。
「あの娘は誰に対しても恨み続けることはできん性格なのじゃよ。優しすぎるといってもいいな。よくあれで戦ができるもんじゃ」
突然、興魏が真面目な顔でそう言い出したので、白約楽と白羊策は彼をからかいはじめた。
「まあ、才能と性格は必ずしも一致するものではないですからね。興先生もその性格で医者をしているじゃありませんか」
「だけど、興先生は毒を扱わせれば天下一だよ。先生の性格とよくあっている」
「おぬしら、儂を馬鹿にしておるのか」
そういうと三人は顔を見合わせて、一斉に吹き出した。
笑いが一段落つくと、白約楽は改めて別の話を始めた。
「最近、どうも南のほうに不穏な気配がある」
白約楽の突然の言葉に、白羊策も緊張した。
「南に。察するに、渓雷族が関係しているだろう」
白羊策はそう予想したが、それは外れであった。
それでも白約楽は、彼らは直接は関係ないが、裏では何をしているかは分からない、と言った。
そこで白羊策彼は、もう一人の危険人物の名を挙げた。
「程王か」
「当たり。それにどうやら蜀果も絡んでいるらしい。まだ確たる証拠はないがな」
「なるほど、不満分子同士が謀反を企んでいるというわけだな」
白羊策はその答えを聞いて、そう納得した。
程王は皇帝の叔父であり、蜀果は水軍都督として南華地方に赴任している。程王は自分の立場ゆえに、また蜀果は自分が大将軍になれないゆえにそれぞれ不満を持っている、ということは、公然の秘密だった。
白約楽は、具体的にどんな不穏な気配があるのかを話しはじめた。
「どうも、去年の北伐以来、武器や弓矢の材料の相場が高いままなんだ。誰かがこっそり大量に買い込んでいるとしか思えん。そこで調べさせたところ、莱峡郡太守の離粛が、氾江に出没する海賊討伐のために仕入れている事が分かった」
その説明を聞いて、白羊策は、いとこが南華に不穏な空気を感じた理由をすぐに悟った。
「海賊退治は蜀将軍の役目だろう。それに海賊を相手にするために、一太守が相場の高騰を招くほど買い込むなんて正気の沙汰じゃない」
白約楽もそれにうなずいた。
「それでも、離粛がそう言っている以上、この問題で彼を問い詰めるわけにはいかん。しかし、莱峡郡には水軍の駐屯地があり、程王の領地とも隣り合っている。離粛はすでに、二人の共謀者になっていると考えるのが妥当だろう」
「それでどうするんだ。もう皇帝の耳には入れたのか」
白羊策の問いに、白約楽は首を横に振った。
「さっきも行った通り、彼等が謀反を企んでいるという確実な証拠はないんだ。状況的に考えて、近い将来に反乱を起こすだろうというだけだ」
「では、謀反を起こさせる時期が問題という訳か」
白羊策はわざと気のなさそうに、そう答えた。白約楽が次に言う言葉が予想できたためである。
白約楽は構わずに話を続けた。
「まあ、そういうところだ。というわけで帰って早々申し訳ないが、今度は南に行ってもらいたい」
白約楽のその言葉は、有無を言わせぬものがあった。白羊策も、それを断る気はないが、できるなら少しは恩を着せてやろうと思ったのである。
「相変わらずおまえは人使いが荒いな。まあ、今度は風光明媚な所だ。ゆっくり仕事をさせてもらうよ。ところで、このことは他に知っているものはいるのか」
「最初に情報を掴んだのは私だが、おそらくは慶王も、もう知っていると思う」
その名前を聞いて、白羊策はやはり、という顔をした。
「さすがは慶王、といったところか。どう出てくるかな」
「おそらくは彼も、程王の謀反が失敗するよう仕向けるだろう。ただし、自分の目的に有利なように利用はするだろう」
「ということは、程王だけでなく、慶王の動向にも注意しなければならないな」
「そういうことだ。都での動向は私に任せてくれ。今度は国内だから互いに連絡は取り易い。段珪の時よりは楽なはずだよ。私がこれまでに集めた情報は、後で整理して屋敷の方へ送っておく」




