第十章 俱留盃、命を犯して顕広を伺う 3
「それは本当か」
倶留盃は物見の者にそう確認した。顕広の太守が町から逃げ出したという。それも、大量の荷物を持ち出したという報告だった。それが本当なら、無理に顕広の町を攻めなくても、急いで行って太守の一行に攻めかかれば、難なく戦利品を奪うことができることになる。
「よし、では彼らを襲う事とする。略奪は思いのままぞ」
倶留盃の下知に対して、全軍は奮い立った。
彼らが怒涛のように突き進んでくる様は、顕広の城壁からも遠く眺めることができた。
「どうやら、うまく作戦に乗ってくれたようですね。では私達も出発しましょう」
白貂娘は顕広の城壁で段珪軍の動きを確認すると、隣にいた人物にそう言った。話しかけられた人物は、無言でうなずくと彼女の後に従って城壁を降りていった。
城壁を降りると、そこに回光が兵を揃えて立っていた。
「回光様、段珪軍が来ました。すぐに出発してください。私達も、後から直ぐに出発します」
「分かった。では手筈通りに」
そういうと回光は馬に乗って顕広の城門から出ていった。
「それでは路艾様、道案内をお願いします」
白貂娘は自分も馬に乗り、先程から一緒にいた男に話しかけた。
路艾と呼ばれた男はそれに対しても無言でうなずき、自らも馬に乗って彼女と共に城門を出た。
この路艾という人物は、顕広の常備軍の副隊長だったが、太守の許虔の推薦で白貂娘の副官に抜擢されたのだった。
許虔に見いだされるまでは、狩人として北の地を彷徨することが多かったため、地理に詳しいということが推薦の第一の理由である。
とにかく、白貂娘と路艾は騎馬部隊百騎を連れていずこへかと出陣した。
「行ってしまいましたね」
亮沖碩は城壁の上で、そうぽつりと語った。彼は返事を期待した訳ではないが、隣にいた許虔はそれに答えるように口を開いた。
「ああ。白貂娘の読みが当たれば良いが。もうこの町には一兵も残っていないからな」
亮沖碩が許虔の方を見ると、その横顔に不安な影が浮かんでいた。そこで彼は明るい声で許虔を励ました。
「大丈夫ですよ。礼里姐の作戦はきっと成功します」
許虔は、法角から預けられた亮沖碩の言葉に、微笑み返した。亮沖碩は白貂娘のことを絶対に信用しているようだ。しかし、より多くの修羅場を経験してきた許虔は、彼ほど楽観的な見方をすることはできなかった。
もちろん、白貂娘の才能を疑っているわけではない。しかし、状況は余りにも不利である。あるいは自分に軍事的な才能がないので、そう感じているだけなのかも知れないが、どうしても最悪の場合のことを考えてしまう。
彼はそうした暗い考えを顔に出すまいと努力していた。それでも横にいた亮沖碩には彼の考えていることが分かったようである。
「太守は無理だと思っているのですか」
「いや、ただ私に戦のことは分からん。素人としてはこの兵力差で勝てるとは思えんな」
その許虔の言葉に亮沖碩は黙ってしまった。そこで、許虔は沖碩を諭すように言葉を付け足した。
「しかし、白貂娘に負ける気は全くないようだった。彼女には素人には分からない勝算があるのだろう。今は彼女を信じることだ」
そう言うと、許虔は亮沖碩をつれて城内に入った。




