第十章 俱留盃、命を犯して顕広を伺う 1
段珪人の倶留盃という人物は、夏臥単于の信頼厚い男であり、三万の兵を任されて瑛の本陣を落とした。
しかし、いざそこを漁ってみると、そこにはめぼしい戦利品はほとんどなかった。
「なんだこれは。これでは戦をした意味がないではないか」
倶留盃はそう不平を漏らした。彼らにとって戦利品のない戦は、負けた事と変わらないのである。そしてまた、このことは倶留盃にとって深刻な問題でもあった。
段珪の各部族の長には、公平に戦利品を分ける腕前も求められる。もし不公平な分け方をしたり、戦利品を与えることができなければ、配下のものを統御できなくなるからである。
倶留盃は夏臥単于から、本陣を落としたなら直ぐ戻るように言われていた。
夏臥単于は、段珪人の中でもより大局的な見方をする人物であり、今回の戦でも戦略的に瑛に勝つことを目指していた。
たとえ今回、領地を手にいれることができなくても、もし瑛に対して有利な立場に立つことができるなら、瑛に無理難題を出すことも可能である。
このため、局地的に見るなら段珪にとって益とはならないような命令を下すこともあったのである。
こうした夏臥単于の考え方は、倶留盃を始めとする段珪の各部族の長を通して、段珪族全体に説明はされていた。
しかし、各部族の長もその考え方を今一つ理解できずにおり、まして一般の兵士達にとって、そうした大局的な戦の価値は全く分からなかった。
「このままでは兵士達を押さえ切れん。一気に顕広の城を攻めて、そこの戦利品を兵士達にやることとしよう」
夏臥単于は自分の部下が、独断で兵を動かすのを好まなかったため、倶留盃も黙って顕広を攻めるのは気が引けた。しかし、兵士達を満足させてやらなければ、戦うことも侭ならない。倶留盃はあえて独断で顕広攻めを決めた。
「これから顕広を攻める。ここを落とせば戦利品は思いのままぞ」
倶留盃はそう兵士達を叱咤して軍を顕広へと向けたのである。
そのころ灰山の麓にある谷間では、段珪軍に追われた瑛軍が一時の休息を得ていた。
「段珪軍はなぜ我々を一気に攻め殺さなかったのでしょうかね」
「彼らは自軍の被害を最小限に押さえようとしているのだ。ここなら簡単に兵糧攻めにできると言うわけだ」
王冠計の従者の諸休が投げ掛けた質問に参謀の魏粛はそう答えた。
「しかし、あの宋の小僧は何を考えておるのだ。奴の独断のせいで、この窮地に追い込まれたと言うのに、全く反省の色がないではないか」
もう一人の参謀である彪義挙はそう、憤りをあらわにしていった。
同じ谷間に逃げ込んだ宋蘭楽および顧謝中、霊顕尺の二人の参謀と少し前まで軍議を開いていたのだが、そのとき宋蘭楽は現状を打開するために全軍の命令権を自分に渡す様、王冠計に要求したのである。
「奴は結局、大将軍の位を狙う野心家に過ぎん。丁大将軍が倒れてとうとうその本性を現したのだ」
彪義挙は宋蘭楽を攻撃し続けた。彼にしてみるなら、この現状を作ったのは宋蘭楽であり、彼こそ王冠計に大人しく服するべきなのである。
「まあ、この状態であの男を攻撃しても始まらん。問題はいかにしてここを脱出するかだ」




