第九章 法角、殿を務めて本陣を捨て、顕広へと戻る 3
「篭城戦は無理です」
白貂娘は開口一番そう言った。この意見に対してそこにいた者は皆同じ意見だった。
篭城戦の条件は兵糧と援軍である。兵糧に関して言えば、十万の兵で二十日分がこの城内にあった。現在、顕広城内にいる兵士は逃げてきた兵も含めて八千人足らずだったが、実際に篭城戦になれば、城内に住む人々への配給の事も考えなければならない。城内には約十万人の一般人がおり、彼らは自分たちの蓄えを持っているため、兵士達のように全てを賄う必要はないが、長期戦になればやはり彼らにも兵糧を提供することになる。このため、現在ある兵糧で出来る篭城戦は良くて三ヶ月というところだろう。
問題は三ヶ月のうちに瑛が追加の救援軍を顕広に送り、段珪軍を破って顕広を解放できるか、ということだった。
瑛軍の脆さは今回の戦で完全に暴露してしまった。陽安では恐らく増援軍を送る準備をしているであろうが、それを指揮できる人物がいないのである。こうなると、先に白貂娘だけを前線に送ったことが完全に裏目となってしまったと言えるだろう。
さらに、もう一つの問題があった。
三ヶ月以内に顕広が助かったとしても、それまでに王、宋の両将が率いる軍は全滅しているだろう、と言うことである。
彼らを救うことが出来なければ、瑛はその実力を疑われることになる。ただでさえ建国間もない瑛は、段珪も含めて、周囲に敵対関係にある国がまだ残っていた。
瑛はこの段珪戦で勝利して、彼らを牽制するつもりだったのである。それが負けるなら、彼らを逆に勢いづかせることになるだろう。
こうした問題を考慮するなら、篭城戦は行えない、と結論するしかなかった。
「しかし、どうやって城に残っている兵士で段珪軍と戦いますか」
許虔は白貂娘にそう聞いた。
「戦の基本は敵の弱点を突くことです」
「段珪の弱点とは」
今度は回光が聞いた。
「段珪の人々は名より実を、実より命を重んじます。これを弱点とすることができます」
「それはどういう意味だ」
法角は白貂娘の言った意味が分からず、そう聞いた。
「彼らは、戦慣れしており、まともに戦えばこちらに勝ち目はありません。しかし、彼らが戦に強いのは、彼らが自分たちの誇りや名誉のためというより、自分たちの生活がかかっているからです。よい放牧地を手にいれるため、また自分たちが生き残るために戦っているのです」
白貂娘はそう、段珪の事を話し始めた。
もともと段珪とは、瑛の北に広がる草原地帯に点在する、騎馬民族の総称である。
彼らは常に良い草原を求めて移動し、また戦っていた。
戦いの勝敗は、彼らの部族にとって死活問題でもあった。戦いに負けるなら、その地を追われて、再び良い草原を求めて彷徨うか、または相手の部族に吸収されてしまうのである。大抵は相手の部族に吸収されるため、逆に言えば、勝ち続けるならば、自分の率いる部族の力を、どんどん強めることができることになる。
このため、彼らは戦をして自分たちが負けたと判断するなら、すぐに逃げるか、相手に降伏するのである。勝ったほうも、降伏した相手は言わば自分たちの財産なので、それ以上攻撃することで財産を減らすことはしない。こうした理由で、彼らの戦いは激しいものであっても、比較的短時間で終わることが多かった。
「つまり、一時的にでも相手に負けそうだと思わせれば、段珪軍は勝手に崩壊するでしょう。彼らは私達に降伏することはあまり考えないでしょうから、自分たちの土地に帰っていきます」
白貂娘のその言葉に対し、法角は兵力で劣る瑛側が、どうやって段珪を相手に勝ちを演出できるのかを尋ねた。
「夏臥単于本人は瑛の領土を狙っていますが、一般の兵士達にとって今回の南下は、自分たちの財産を増やすことが目的です。ですから、段珪の欲するものを彼らの前にほうり出せば、彼らはそれに飛び付くでしょう。その時、こちらが彼らの裏をかくことができれば、彼らの戦意を喪失させることができます」
「いうのは簡単だが、どんな餌を用意するのですか」
許虔はそう聞いたが、彼は白貂娘の考えていることが大体想像できていた。そして彼女は彼の考えている通りのことを言った。
「申し訳ありませんが、許太守に民衆を見捨てて逃げて頂きます」
「分かりました。では今から出来るだけ多くの荷物をまとめて、逃げる準備をすることとしましょう」
そう言って許虔は大声で笑った。




