第七章 回光、北伐軍より戻り益兼を驚かす 1
御史大夫の劉監は、野心の強い男であり、また過去に天下を治めた涼の名門の血を引いている、ということを誇りとして生きている男だった。
このため、現在天下を支配している法氏や、この国の名門である回氏や景氏といった名家をも、彼の心の中では成り上がり者に過ぎなかった。
このため、若いころは自分の家が地方の一豪族にまで落ちぶれていたことに不満を抱き、何とかして過去の栄光を取り戻そうとそればかりを考えていた。
彼が機会をとらえて平氏の奉に仕え、そこで出世してもそれは当然の立場を得たにすぎず、むしろ地方政権の高官などは彼にとって腰掛にすぎなかった。
つまり国をそのまま瑛に献じて、自分は大国である瑛でさらに高官に就く、というのは彼の中の筋書どおりだったのである。
しかし、瑛で三公という位に就いたまでは良かったが、彼にはまだ不満があった。
それは自分の上に白約楽などという、商人上がりの小僧がいることだった。そしてまた耐えられないことに、大将軍の位にこんどは下僕出身の丁義堅という男が就いていることだった。
名門至上主義とも言える彼にとって、これは正に耐えられないことだった。自分こそが丞相の位に相応しいと考えた劉監は、彼らの追い落としを画策しようとした。
しかし、二人とも建国の元勲であり、元敵国の要人だった劉監は、自分一人で彼らを追い落とすことが難しい事を悟った。皇帝は二人を全面的に信頼しており、また二人とも失脚に追い込めるような事実はなかったからである。
そこで彼は、自分と共同戦線を取れる人物を探した。
そしてその人物はすぐに見つかった。
それは慶王の法貴円である。
彼は必ずしも名門至上主義というわけではないが、それでも朝廷の上席はそれにふさわしい権門が占めるべきであり、その下で実行力のあるものが働けばよいと考えていた。
劉監はすぐに彼との接触を図った。
一方、自らも策士の面を持つ法貴円は、彼の動きをすでに察知しており、いずれ彼を自分の派閥へ引き込むことを決めていた。
しかし彼の喰えないところは、そういう素振りを見せずに、劉監の方から持ちかけてくるように仕向けたところである。法貴円にしてみれば、できるだけ自分の弱みを見せたくない、と言う訳である。
劉監もそこは心得ていた。
彼が欲しいのは皇帝の座ではなく、名誉と権力である。彼は密かに法貴円と接触を図り、彼の派閥の一員となる。
彼らの取った作戦はごく簡単なものだった。
まずは喜香太子の悪い噂を流す。
これについては太子自身の消極的な性格もあり、さほど難しいことではない。そして次期皇帝候補として皇帝の弟である法貴円がふさわしいのではないかという風潮をさりげなく作り出すのである。
もちろんそれだけで彼が皇帝になれるわけではない。現皇帝はまだ若く、それに先日二人目の皇子が生まれたばかり。法貴円が皇帝につける可能性は低い。
それでも統一からさほど時間がたっておらず、まだ何が起こるか分からない時代である。念のためにあらかじめ自分たちに有利な状況を作ることが無駄とはいえない。
とはいえ、それだけなら迂遠である。法貴円はさらに効果的なもう一つの方法を思い付いた。
その打合せのために密かに劉監を自分の屋敷に呼んだ。計画の詳細を検討し実行に移すためである。
「今、この国で一番実力を持つ一族は、回氏と景氏だ。皇太子は回氏の血を引いているが、先ごろ、景氏の者が男子を産んだ。この二者をけしかけたなら国中を巻き込んでいがみ合うだろう。我々はころ合いを見て両者を罠にはめ、兄者の後継ぎを消すのだ。そうすれば、私の手に天下は転がり込んでくる」
「なるほど、先帝が天下を獲ったのと同じ手を再び用いるわけですな」
「そういうことだ」
賢の離氏からの纂奪劇は、法貴円がその筋書を書き、白約楽が細部を詰めて実行に移したのだった。
当時、一番強い権力を持っていた回氏を二つの勢力に分断することで弱体化させ、皇帝の評判を落とすことで政権交代の世論を一気に作り上げたのである。
このとき白約楽が果たした役目を、今度は劉監が行うと言う訳である。
「では私は景氏の中に火を入れることとしましょう。丁度、よく燃える薪があります」
「薪の火で火傷しないようにな。油断すると大怪我を負うぞ」
「心得ております。では暫くの間は会わないようにしましょう。我々の関係を知られてはまずいですからな」
こうして国中を巻き込もうと言う纂奪計画は静かに、しかし確実に始まったのである。




