第六章 太子法喜香、白貂娘に胸の内を明かす 3
同時に、太子が皇帝には向いていないという噂も否定はできないとも思った。皇帝には、精神的な強靭さも必要である。確かに、繰り返し文句を言われれば誰でも嫌になってしまうであろうが、それを乗り越えようという意気込みを持てないのであれば、皇帝の激務には耐えることは出来ないであろう。
白貂娘は、自分が太子のために何をすべきなのかを改めて考えた。
「太子、太子は陛下の事をどう思われますか」
「どう思われるか……」
「つまり、皇帝として、太子の父上を評価するとしたら」
突然の質問に、喜香太子はなんと答えればよいか迷った。
「名君と思われますか。それとも暗君と思われますか」
「それは……名君だと思う」
白貂娘は自分で出した質問があまりにも間抜けだったことに気付き、少し吹き出した。
「もちろん、そうですよね。では、なぜ名君と言えるのでしょうか」
「なぜ……」
「兵を指揮して戦をすることではどうですか」
「私は、父上が戦に出るのを数回しか見たことはない」
「そうでしょう。陛下には丁大将軍や王将軍、宋将軍、また水軍都督の蜀将軍といった戦のより上手い者がいるので、陛下御自身が出陣する必要はまずないからです。他の事柄でも同じです。三公や大夫といった役職にいるものの中には、陛下よりも外交や内政、また作戦を立てるといった面で優れた才能を持っている者が大勢います。ではなぜ陛下はそれでも名君なのでしょう」
「それは……どうして」
「それは、陛下がそうした人々をよく用いているからです。陛下は、すべて自分で上手くやろうとは考えていません。様々な人が様々を能力が発揮できるようにされているので、名君といえるのです」
「……」
「ですから、太子もすべてを上手くやろうと考える必要はないのです。もちろん、努力する必要がないわけではありませんが、自分のできることから手をつければ、それでよいのです」
「でも、叔父上が……」
「太子は、慶王と陛下のどちらを喜ばせたいと思われますか」
「もちろん、父上を喜ばせたい」
「今日見送りに行かない事はどちらを喜ばせたいと思っての事ですか」
この言葉に、喜香太子ははっとした。しかし、白貂娘はそれ以上追及することはせずに、急に話題を変えた。
「慶王は陛下が若い頃からしっかりしていたと言っていたそうですが、陛下が太子位の年齢の頃は、まだ太子どころか皇族でもありませんでした」
「そう聞いている」
「では、立場の違うものを何故比較できるでしょう。太子が陛下を目標とするのは結構ですが、人にはそれぞれ得手不得手があるものです。他人と比べて劣るところがあるからと悲嘆しないでください」
「しかし、礼里、おまえはどうなのだ。私にはおまえが他人よりも劣っているところがあるとは思えないが」
「なぜです」
「兵を率いれば負け知らずだし、朝廷でも臆することがなかったと聞く。剣、弓に優れ、胡弓も弾ける。なにより、三年もの間、北方の砂漠で一人暮らしができるものは、そうはおるまい」
「それは太子の買い被りです。戦の勝敗は時の運ですから、たまたま今まで敗け戦に立ち会わなかっただけです。朝廷でも、私は私なりに緊張しましたし、剣、弓、胡弓の腕も太子が思われているほど秀でている訳ではありません。それに、北方での暮らしに耐えられなくて、恥を覚悟でこうして出てきたわけですから」
「恥を覚悟とは」
「私も女性ですから、人並みに自分の容姿には関心があります。でも、今や私の顔は人目を憚るほど醜くなっておりますから、出来れば一生人に会いたくないと思ったこともあります」
「そうか」
「それに、私にも苦手なものはあります」
「ほう、次傅にも苦手なものがあるのか。なにが苦手なのか」
「いつか、お教えいたします」
結局、白貂娘が太子と話しているうちに、見送りの時間は過ぎてしまった。
彼女は太子を説得して見送りの場に赴かせる、という本来の目的は果たすことができなかった。しかし、彼女としては太子の本音を聞くことができて満足した。
ただ、自分が行かなくても良いと言ったことが知れたなら、この仕事を降ろされるだろうということが、ふと頭に浮かんだ。
そして、丁義堅が十万の兵を率いて出陣した後、皇帝の側室である景夫人が男の子を出産した。法安才にとっては二人目の男子であり、彼が喜んだのは言うまでもない。この子には喜宝という名前が付けられ、景夫人の親戚である景方という者の元で育てられることになった。




