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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第一部 北伐編
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第六章 太子法喜香、白貂娘に胸の内を明かす 2

 皇帝は出陣の様子を親しく見送るために、高官達と共に城壁に姿を表した。

 皇帝の姿が見えると、兵士達は、ときの声を上げた。しかし、丁義堅(ていぎけん)は皇帝と共に見送るはずだった太子の姿が見えないことに気がついた。

 すでに十代の太子がこうした行事に出席することは、将来皇帝になるための勉強でもある。また、こうした公式の場に出てこないなら、人々はますます太子の資質を疑うようになるであろう。恐らくは太子が人前に出ることを嫌って、参加しなかったのであろうが、それは彼の立場を不利にするだけであった。

「私は、私の仕事をするだけだ。皇太子のことは白貂娘(はくちょうにゃん)にまかせよう」

 丁義堅(ていぎけん)はそう自分に言い聞かせると、全軍に号令し、前線へと進んでいった。


 この日、白貂娘(はくちょうにゃん)も皇太子と共に北伐軍を見送るために朝早く出仕した。

()太傅、おはようございます」

 白貂娘(はくちょうにゃん)がそういうと、部屋の中を歩いていた迂泉(うせん)は彼女をちらりと見てから小さく挨拶を返した。しかし、他に考え事があるようで、ほとんどうわの空だった。

「なにか心配事があるのですか」

「うむ、太子が見送りに行きたくないとごねている。まったく困ったものだ。もっと皇太子としての自覚を持って貰わねば」

 迂泉(うせん)は心底困った、という顔でそう言った。

「なぜ、行きたくないと言われているのですか」

「いや、理由は分からん。儂等の立場も考えて欲しいものだ。皇太子の我が侭は儂等の責任にされるというのに。喜香(きこう)太子はやはり後継ぎとしてふさわしくないのではないか」

 迂泉(うせん)のその言葉を聞いて、白貂娘(はくちょうにゃん)は驚いて注意した。

()太傅、言葉が過ぎるのではありませんか」

 そう言われて、迂泉(うせん)も自分の発言の危うさに気付いた。

「いや、これは失言。聞かなかったことにしてくれ」

 白貂娘(はくちょうにゃん)もそれ以上、追求はしない。それよりも、太子をどうするかである。

「私が会って話してみましょうか」

「うむ、儂よりも次傅の方がいいかもしれんな。どうか説得してくれないか」

「説得できるかどうかは分かりませんが、太子と一対一で話してみましょう」

 そういうと、白貂娘(はくちょうにゃん)喜香(きこう)太子のいる部屋へと入っていった。

 部屋の中では、太子が長椅子の上でふて寝していた。

「太子。北伐軍を見送る時間が近づいています。どうか、起きて城壁へ出られますよう」

 白貂娘(はくちょうにゃん)の言葉が太子に届いたか、頭を動かして白貂娘(はくちょうにゃん)をちらりと見たが、また直ぐに寝たふりをしてしまった。

「太子、どうか、起きてください」

「うるさい。礼里(れいり)が来ても私は見送りにはいかない。だからおまえ達だけで行ってこい」

「そうですか。それではそこで寝ていてもいいですよ」

 白貂娘(はくちょうにゃん)がそう言うと、太子は驚いて上半身を起こして白貂娘(はくちょうにゃん)を見た。

 これまで、太子がこうした我が侭を言うなら、大抵は諌められて渋々従わされていた。黙って自分の我が侭を聞き入れたものはいなかったのである。そこで今日こそは、意地でも自分の我が侭を通そうと考えていたため、白貂娘(はくちょうにゃん)の反応に拍子抜けした。

「本当にいいのか」

「いいですよ。そのかわり、私になぜ行きたくないのかを教えてください」

 太子は理由を聞かれて再び顔を背けて横になった。

「行きたくないから行きたくないのだ」

 子供のような理由である。といっても太子はまだ子供である。白貂娘(はくちょうにゃん)は強引に連れ出すよりも、腰を据えて太子の言い分を聞く事にした。

「外は嫌いですか」

「……外は嫌いではない」

「人前に出るのが怖いですか」

「……怖くはない」

「陛下が怖いですか」

「……少し怖い」

「今日、あなたが行かなかったら、陛下はどう思われるでしょうか」

「……怒るかな」

「なぜ、陛下……太子の父上はお怒りになると思われますか」

「私が行かなかったから」

「それだけでしょうか」

「……」

「きっと、陛下は父として、太子の事を心配されるでしょう」

「そうかな」

「そうですよ。そして、太子の我が侭に過ぎない事を知ったなら、安心してお怒りになるのです」

「安心して」

「そう、安心して。なぜなら、太子が病気や怪我のために、出られなかった訳ではないのですから」

「父上は、私をそこまで思ってくれているだろうか」

「ええ、思っていますよ。だからこそ、お怒りになるのです。私も怒られるでしょう。太子の我が侭を許しましたから」

「礼里も一緒に怒られるのか」

「私は別に怒られるでしょう。そして、太子の教育係の仕事から外されるでしょう」

「辞めるのか」

「太子の教育係にはふさわしくないということで、辞めさせられるのです」

「……」

「最初の質問の答えがまだでしたね。太子はなぜ見送りに行きたくないのですか」

「……怖いのだ」

「何がですか」

「叔父上が」

 今度は白貂娘(はくちょうにゃん)が驚いた。皇太子の叔父といえば、(けい)王の法貴円(ほうきえん)しかいない。

「なぜ(けい)王が怖いのです」

「叔父上は私の顔を見るとあれこれ文句を言う。もっと皇太子としての自覚を持てとか、父上は若い頃からしっかりしていたとか。私が何をしても、それは相応しくないと言われる。もし、見送りでまた何か失敗したなら、また叔父上からあれこれ言われると思うと、私はもう怖くて行きたくないのだ」

「しかし、失敗を恐れていては、何も出来ないでしょう」

「いや、何もしなければ、叔父上も何も言わない。ならば、何もせずにいたほうがよいではないか」

 このとき白貂娘(はくちょうにゃん)は、(けい)王がひそかに帝位を狙っているのではないかという噂を思い出した。

 最初のころは根も葉もない噂だと思って無視していた。

 しかし、次傅として仕事をしている内に、あるいは、と思うようになっていた。そして今日、太子の言葉を聞いてその噂が真実をついている可能性があると感じた。

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