第五章 太子法喜香、白貂娘に師事する 1
白貂娘が瑛の都である陽安に来たのは、光玄九年の六月の事であった。
そして、正式に次傅の位に就いたのが同じ年の八月の事である。この事からも、彼女に対する皇帝の期待の大きさが伺われる。
瑛における太子の教育は、太傅が中心となって日々の予定を立て、少傅がその予定に従い、自分の割り当てられた分野の知識を伝える、という形で行われていた。
では次傅は何をするのか。
白貂娘のために新たに設けられた役職である。彼らが知るはずもない。
そこで彼らは、創設者でもある皇帝にそれを尋ねた。
「次傅は、講義中は常に太子の側におり、太子の理解を助ける事をその仕事とする」
皇帝はそう説明した。
しかし、少傅たちはそれを聞いて内心で不服を感じた。
彼らは自分の知識と経験に自信を持っている。いまさら、奉の田舎娘に助けてもらう筋合いはない。
そこで彼らは、それとなく白貂娘に嫌がらせを始めた。
白貂娘が出仕した初日、その日は礼儀作法の講義であった。講師は陰支訓である。
「皇帝は、異国から入朝した使節を歓迎する事もございます。その際は、彼らに対し堂々と、かつ寛大に接しなければなりません」
そのように彼は、異国からの使節を迎える際の心得を教えはじめた。太子はつまらなそうにそれを聞いており、その横で白貂娘はただ座っていた。
実のところ、彼女も自分が講義中に何をすべきかをまだ良く理解していなかった。
太子の理解を助けると言っても、太子が話を理解しているかどうかは見ているだけでは判断しづらい。といって、陰支訓の講義を中断して太子に質問するのもどうかと思われた。
仕方なく彼女は太子と一緒に陰支訓の講義を聞いていた。
すると突然、陰支訓は白貂娘に話し掛けた。
「では、今日は次傅もおられるので、次傅に異国の使節の役をして頂き、その上で太子にその使節を歓迎して頂きましょう。王次傅、よろしいですか」
彼の感覚からするなら、異人の役をする事など、屈辱以外のなにものでもないはずであった。
彼は白貂娘の顔色が変わる事を期待したが、彼女は二つ返事で承諾した。
「わかりました。それではどこの国から来た事にいたしましょうか」
「で、では、段珪からの使節という事にしましょう」
陰支訓は拍子抜けしてそう答えた。
本来ならここで、彼女は侮辱された事に怒り、立ち去るはずであった。
そうしたなら、その事を理由に彼女を弾劾するはずだったのである。それなのに彼女の方から積極的に演じられてはどうしようもない。
「そうですね。段珪では戦などで負けた相手の陣営に行くと、このように両膝をつき、頭は地面に付けます。その時、手は開いた状態で、相手の方に手のひらを上にして差し出します。これは自分がすでに相手に向けて武器を取る気はない、という意味であり、最高の敬意を表しています」
そのように説明しながら、白貂娘はその場で段珪の使節の真似をし、口上を述べ始めた。
「我が段珪一族は、これより子々孫々にわたるまで、大瑛皇帝の元、手となり、足となり、目となり、耳となり、空よりも高き尊敬と、忠誠を誓います。大瑛皇帝が我が一族へ、海よりも深き慈悲を示し、我らが入朝し、その庇護の下に置かれる事をここに願い奉ります」
太子はその様子を面白そうに見ていた。
そして白貂娘の口上が終わった時、彼は次に自分が何かを言わなければならない事に気付き、陰支訓の方を向いた。
「このような時、なんと申せばよいのか」
直前まで陰支訓はその事を講義していた。
つまり、陰支訓の講義が全く無駄であった事が露呈した訳である。陰支訓は言葉を失ったが、白貂娘が代わりに太子に尋ねた。
「先ほど陰少傅が説明した通りにおっしゃられればよろしいのですよ。少傅の講義をお聞きになっていましたか」
「いや、退屈で覚えていない」
「困りましたね。それでは陰少傅、もう一度、私が段珪の使節の役をしますから、今度は少傅が皇帝の役を実演して頂けますか」
陰支訓も、白貂娘のその言葉に従わざるを得なかった。




