第四章 回皇后、白貂娘を召す 3
王礼里が回皇后の部屋に入ると、皇后は侍女に髪を結わせていた。
「あら、もう来たのね。ちょっと待っていて。もう少しで終わるから」
そう言うと、皇后は侍女に髪を結わえ続けさせた。
王礼里は仕方なく、その場で立ったまま待ち続けた。いつのまにか、張橋はどこかへ行ってしまっている。
ほぼ一刻ほどの間、皇后はそうして王礼里を無視し続けた。
実は王礼里に気付かれないよう、鏡を通して彼女を観察していたが、直立不動の姿勢で立ったまま、少しも動かなかった。しかも、顔は右目以外を布で覆っているため、表情も掴めない。
「うん、やっと整ったわ。ご苦労様、お前はもう下がってよろしいです」
回皇后はそう言って侍女を下がらせると、やっと王礼里の方を向いた。
「さあ、待たせたわね」
「私の観察は終わりましたか」
王礼里のその言葉に、回皇后は彼女を睨み付けた。
「どうやら頭は悪くないようね。まあ、戦で勝てるのだから悪くはないでしょうけど、しかし自分の考えを直ぐに口に出すようでは、まだ勉強が足りないわね」
回皇后はわざとそう、声に出していった。相手の本当の姿を知るには、相手を緊張させてはいけない。話しやすい環境を整えるなら、相手は本音を口にするものである。
「確かに私はわざとあなたを待たせて、様子を観察しました。ただ、あなたは顔を隠しているので、何を考えているかは判りませんでしたが」
「申し訳ありません。私の顔は、あまり人に見せたくないものですから」
「ええ聞いております。気絶した女官が話してくれました。顔の話はとりあえず置いておきましょう。今日呼んだのは他でもありません。あなたが私の息子の教師の一人になると聞いたものですから、母親として自分の目であなたを見てみたかったのです」
回皇后はそう言うと一息ついて、王礼里を見つめた。その顔は覆われているので、自然と右目に注意が集中する。
皇后は、その右の瞳が確かに美しい事を認めた。しかし、息子の教師である事には、見た目よりもその中身が問われる。
「息子は太子ですから、息子の教師については、夫や大臣が決めます。私は、朝廷で決まった事には、口を出さないようにしています。余計な口出しをして、後代の歴史家に悪口を言われたくはないですからね。ただ、この事は別です。息子の関係している事に、母親である私が意見を挟むのは、余計な事ではないはずです」
王礼里は、回皇后が自分を太子の教育に関わらせる事に反対である事を察した。
ただそのことを意外には思わなかった。大臣の中にも反対したものがいて、そのために次傅という新しい役職を設けた、という話を丁義堅から聞いていたからである。
「礼里さん、はっきり言うなら、私はあなたが次傅という位に就く事に反対です。でもこれはあなたが決めた事ではありませんし、夫が決めた以上、私もただ闇雲に反対をする気はありません。だからこそ、あなたを直に見て判断したいと思ったのです」
「わかりました」
王礼里はそう返事をした。さらに回皇后から何を聞かれるだろうか、と待っていたが、回皇后は再び王礼里をじっと見ていると、やがて軽く首を振った。
「あなたの声を、どこかで聞いた事があるような気がするのですが、どうも思い出せません。あなた、私と会った事がありますか」
予想外の質問に、王礼里は驚いた。
「私は、ごく幼い頃は瑛にいましたが、八歳くらいからは奉で暮らして来ました。皇后とお会いする機会はなかったものと思います」
「あなたは、瑛の出身なのですか」
「母は瑛の人でした」
それを聞いて回皇后はとりあえず納得した。そこで、話を本題に戻した。
「今日は、あなたの事について、あなた自身の口から聞きたいと思います。話してくれますね」
「何について、お話しいたせばよろしいでしょうか」
「そうですね、ではあなたの今までの経歴について、簡単に教えてください」
そう言われると、王礼里は一礼してから自分の事について話しはじめた。劉監に下女として雇われたところから始まったその内容は、おおむね回皇后も知っている。
皇后は目を閉じて、軽くうなずきながら王礼里の話を聞いていた。
王礼里の話が終わると、皇后は再び目を開いた。
「話し方は上手ですね。いままでにどんな書物を読んだ事がありますか」
「私は、字は習いましたが、特に著名な書物に目を通した事はありません」
「書物は嫌いですか」
「いいえ、読みたいとは思っていましたが、手にする機会がほとんどありませんでしたし、読む時間もなかったからです」
「まあそうでしょう。それでは字は誰に習ったのですか」
「母から学びました」
その返事に、回皇后は疑問をはさんだ。
「字を知っている、という事は、あなたの母親はただの庶民ではなかったのですね」
王礼里はそう言われると、体を強張らせた。そして回皇后はそのしぐさを見逃さなかった。
「あなたはまだ、両親の事については話してくれていませんね。最後に、あなたの両親について話してくれますか」
回皇后のその申し出に、王礼里は黙り込んでしまった。
「どうしたのです。なぜ黙っているのです。私には言えないような人なのですか」
王礼里はそう言われて、意を決したように口を開いた。
「私の両親はすでに死んでいます。いま、死んだ人のことを改めて詮索する必要があるでしょうか」
「それはつまり、私には言いたくない、ということですね」
「申し訳ありません。誰にも言いたくないのです」
結局、回皇后はそれ以上の追求はせずに、王礼里を下がらせた。
回皇后は一人になると、王礼里について考え始めた。
あの子は確かに頭は良いようだ。自分の秘密を簡単に話さなかったのも、意志が強いから出来ることではある。だけど、なぜ自分の親を他人に知られたくないのだろうか―。
瑛は新しい国であるため、常に新しい人材を探しては抜擢してきた。
時には出自を問わず抜擢されることもある。
その代表が大将軍の丁義堅と丞相の白約楽である。
丁義堅は下僕出身で、親兄弟が今どこにいるのかも分からない。
白約楽は法家に出入りしていた商人の息子であった。
さらに言うなら回皇后の父にしても、罪を得て処分を受けた人物だったのである。しかし、そうした過去にこだわらなかった事が、瑛の天下取りの原動力の一つだったのである。
このため王礼里の親が誰であろうとも、王礼里が瑛に仕える気があるなら、そのことが大きな問題にはならないはずだった。
しかし、だからこそ王礼里が親のことを隠す必要はないはずなのである。それでも回皇后は王礼里の気持ちが分かるような気がした。
「私も親のことはあまり人に話したくはないわ」
回皇后の父親は回越という。彼の事について語るには、当時の賢の内情について話さなければならない。
賢の最後の皇帝は離干という名前で諡を膳帝という。
といっても彼が帝位に就いたのは、法関兼への禅讓の為に過ぎず、実質的に最後の賢帝となったのは恵帝離中だった。
彼の父である桓帝離懐は、賢の富国強兵に努め、天下平定に意欲的だったが、恵帝は遊び好きであまり朝廷にも顔を出さなかった。
賢は貴族政治であった。回氏を筆頭に、法氏、王氏、楊氏、景氏の五氏が政治の中枢を占めていた。
賢の皇帝は、彼らをうまく統制しながら国を治める必要がある。
特定の一族だけを信任するなら、その一族に権力が集中し、国を簒奪される可能性があるからである。
しかし恵帝は自分の遊び仲間でもあった回越を信任し、彼に大きな権力を与えたのである。
回越はもともと野心家であり相応の才能も持っていた。このため彼は与えられた自分の地位を利用して政治を壟断するようになった。
このことを最も心配したのが、彼の父である回徳だった。
彼は幾度となく息子と皇帝を諌めたが、聞き入れられることはなかった。かえって左遷させられる始末である。
このため賢では随一の名門だった回氏も、回越を中心とする者と、回徳を中心とする者の二つに分裂してしまった。
このとき回越は自分の権力をさらに強めようとして、自分に反対するものを次々に酷吏に引き渡した。このため回氏と仲の悪かった楊氏は、多くのものが命を落とす事となった。
回徳は賢の行く末を案じ、法関兼に相談した。
最初、法関兼は中立を保つ姿勢を取っていたが、回徳の執拗な要請と、回越が自分たちに標的を合わせる気配を見せるのを感じて、遂に立ち上がったのである。
彼は兵を率いて陽安城に入った。そしてまず楊皇太后に合い、離中を荒淫暴逆の君主として廃するよう詰めよった。
それから郊外にある回越の屋敷を攻めて、これを敗走させたのである。この時、回越に近づいていた王氏も、そのほとんどが殺されるか国外に逃亡するかしてしまった。
これにより法関兼は賢の一大実力者となり、最終的に賢の王朝を纂奪して瑛王朝を立てるのである。
回皇后は早い時期から、祖父である回徳の元で育てられていたため、父の一派に巻き込まれずに済んだ。
彼女は父親のことについてはいつも祖父から聞いていた。このため、父に対しては余り良い印象を持っておらず、当然、父について聞かれることを嫌っていた。
王礼里が両親について話そうとしない理由を、回皇后は自分のそうした体験と重ねて考えたため、それ以上追及できなかったのである。
回皇后は、彼女の事についてはとりあえず様子を見てみよう、そういう気持ちになった。




