第四十二章 白貂娘、穣丘を死守せんと奮闘する 3
翌朝、益兼は全軍の前で白貂娘を捕らえた。罪状は徒に兵を動かし、呂厳を死なせたことである。
彼女はできるだけ見苦しく抵抗した。彼女は穣丘にいる将兵の憎しみを一身に背負う役目がある。そのためには少しでも憎まれる悪役を演じなければならない。
そして益兼と白貂娘はこの一世一代の大芝居を見事に成し遂げた。
それは彼らの思惑通りの効果を上げた。兵士達はその処置を、喝采を持って受け入れ、後任の紀端のもと、彼らの目は再び城の外へと向けられたのである。
しかしそれが受け入れられないものもいた。
甜憲紅は自分の信じていたものが失われたことで、すっかり自分の殻に閉じこもってしまい、そのうちにどこかへと出ていったまま、帰ってこなかった。
磁渕のほうは、事実を知らされてはいなかったが、それでもおおよその見当はつけていた。それでも、他に方法はなかったのか、と考えずにはいられなかった。なぜなら、彼女が捕らえられたことは、とりもなおさず彼女に推挙された彼自身の立場も微妙なものとなるからである。
とにかく、事はすでに済んだことである。
「まずは一安心というところか」
益兼がそう思っていた時、一通の手紙が届けられた。彼はそれに目を通すと、安堵の表情を浮かべると同時に、さびしくため息をついた。
「王殿は早まられたな。あと一日、いや半日待っておれば、牢に入らずともすんだものを」
その手紙には、皇帝率いる援軍が、明日の午前中にも到着するであろう事が記されていた。
丁義堅は休む間も惜しむように、穣丘目指して軍を進めた。
本当は同行している皇帝の体を気遣い、もっとゆっくりと軍を進めるつもりであったが、皇帝自ら強行軍を命じたため、彼もそれに従わざるをえなかったのである。
「この戦は速さが命だ。他の者が呼応して、叔父上の軍と結びつく前に叔父上を叩かねばならん」
ただしこの時点では、彼らが心配するほど、程王に呼応する者は多くなかった。
それでも慶州においては時を同じくして軍閥化していた七人の太守が挙兵しており、彼らを慶の旧臣である沢関が、さらにその背後には渓雷族が控えている、という報告も入っていた。
あるいはそちらの方が重大事だったとも言える。
それでも朝廷では、程王を討つことを最優先とした。それはその挙兵がある程度予想されていたことであり、彼を討つ準備ができていたことにある。
さらに言うと、慶州にはすでに慶王法貴円が戻っていることも、その地を後回しにする理由であった。慶王も自分の役割を理解しているはずであり、彼なら沢関に後れを取ることもないであろうと考えられたのである。
今回の南征にあたり、皇帝に付き従った高官の中には、劉監と賈術もいた。
賈術は当初、景達だけが都に残ることを不安に思い、皇帝に対して、劉監を残して景達を同行させるよう勧めた。しかし皇帝はその進言を笑って退けた。
「都には薛王にも来てもらう。確かに達は野心の強い男だが、薛王を無視しては動けまい。万が一何かを企んだとしても、その時は朕が許さん」
そう言われては、賈術も黙って引き下がるしかない。
もちろん法安才も理由もなく劉監を連れて行くわけではない。彼は益兼と同じく、他国の出身でありながら三公の地位についている。彼らの存在を南華の人民に見せることで、瑛という国に対する信望を高めようという思惑があったのである。
さらにいうと、彼はこの南征を機会に、しばらくそこに留まって、南華を慰撫したいと思っていた。それでもその間の政を疎かにはできない。そこで南華に留まる間はその地で政を行える体制を引き連れていったのである。
しかし景達に関していうなら、法安才は彼の野心を軽く見すぎていた。彼は皇帝のいない今を、自分の権力を強める絶好の機会と考えていたのである。
まず彼は、都に入った薛王の追い落としを画策した。
薛王法知允は先帝の腹違いの弟であり、程王法九思の同腹の兄でもある。皇族の中では年長者であり、甥の皇帝の後ろ盾として重きをなしていた。
白貂娘は曹子孝、張文遠にはなれません。
主人公なのに白貂娘はこの後、第四十五章まで出番がありません。
そこで第四十五章までは一日二回投稿(5時、17時)とします。




