第四十二章 白貂娘、穣丘を死守せんと奮闘する 2
「助けは来る。気落ちするな」
自分自身は全く期待していない援軍を強調して、呂厳は兵士達を元気付けようとした。
彼の部隊はすでに三分の一に減っており、程軍はいつでも彼らを押しつぶすことができた。それをしないのは、敵がこの部隊の利用価値を探っているからである。
呂厳としては、時間を稼ぐことで脱出の機会を探ろうと考えていた。
その時、遠巻きに取り囲んでいた敵陣から、一人の将校が近づいてきた。
「呂厳将軍、いまや城方はあなた方を助けることはできず、あなた方のために城を明け渡すこともしないと返答しましたぞ。ここは無駄死にせず、我が方に降伏いたせ」
「何を馬鹿なことを。なぜわれらが謀反人なぞに降伏せねばならん」
呂厳は大音声で答えたが、相手の将校はさらに付け加えた。
「王次傅は、呂将軍が軍規を犯した罪人だと申しておる。つまりあなたも瑛では犯罪者なのだ。いまさら瑛に忠誠を誓うこともなかろう」
それを聞いて、呂厳は白貂娘という女性がついに決断を下したことを知った。彼はその時、大笑いをした。
「白貂娘よ。そなたの決断は正しいが、苦難の道よ。だが悔しいが、俺がおまえの立場でも同じ決断しかできん。おまえには確かに将としての器があるようだ」
彼は始めて白貂娘という人物を認めた。そして残ったものに檄を飛ばした。
「我らはもはや軍規に違反した。逃げたいものは逃げよ。汚名の上塗りをしたくないものは、われに続け。最後の一兵まで戦おうぞ」
その言葉に逃げ出すものは一人もいなかった。彼は突撃の合図と共に程軍に斬り込み、獅子奮迅の働きをした挙げ句、討ち取られた。
白貂娘はその時から豹変した。急に軍規を厳しくし、違反するものは厳罰をもってあたりはじめたのである。
結果として、たった半日で彼女に対する評価は一変した。その日の夜までに、益兼の元に彼女に対する不満の声が数え切れぬほど上がってきていた。
益兼も、彼女のあまりの変わり振りに首を傾げ、他のものに気付かれぬよう、そっと彼女の元を訪れた。
「大司馬、待っておりました」
白貂娘は益兼が尋ねてくることを知っていたかのように、そう挨拶した。
「あなたへの不満の声が、半日のうちに数え切れぬほど上がっています。何を考えているのですか」
「呂校尉は、私の失策で死にました」
突然、彼女はそう言った。しかしその口ぶりや態度に、依然と何の変わりもなく、ごく冷静そのものであった。
「彼の死はあなたの責任ではありません」
「いいえ。彼の死の責任を誰かが取らなければ、兵士達は納まらないでしょう。一人が犠牲になれば、彼らも納得するはずです」
それを聞いて、益兼は全てを理解した。
「では王殿は」
「明日の朝、私は知らぬ顔で兵士達の前に出ます。そのとき大司馬は私を捕らえ、指揮権を剥奪し、牢へ入れてください」
つまり彼女は自らを人身御供とすることで、兵士達の気を紛らわし、改めて目の前の敵に集中できるよう一芝居を打ったのである。
もちろん、そのためにはできるだけ彼女が憎まれる存在にならなければならない。
幸か不幸か、南華での彼女の評価は最初からさほど高いものではなかった。今回の戦で見なおしたというものも多かったが、それも今日一日で再び一変したことであろう。
「今や私はこの街中の憎まれ者です。早急に私を隔離していただかないと、殺されてしまうかもしれません。私を牢に入れることは、私にとっては保護にもなるのです」
彼女は益兼を安心させるように、そう言うと、さらに付け加えた。
「磁渕と甜憲紅の二人ですが、大司馬にお願いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、分かりました。明日の朝一番で、あなたを捕らえることにしましょう」




