第四十一章 白貂娘、決断を鈍らせて呂厳を付けあがらせる 3
同時に外の扉を叩く音がした。彼女はその瞬間、それまでの感傷的な思いを振り払っていた。彼女は涙を拭くと、返事をした。
「どうしました。何かありましたか」
白貂娘は何もなければ良いと念じたが、返事は無常にも彼女が予想した通りであった。
「大変です。呂校尉が兵を率いて討って出ました」
彼女は着替えながら、昼間、自分が決断を鈍らせたことを後悔した。磁渕の言う通り、呂厳を捉えて監禁すべきであったのである。
部屋から出た彼女は、それでも普段の冷静さを取り戻していた。
「呂校尉はどの程度の兵を率いて出撃しましたか」
早足で歩きながら、彼女を呼びに来た紀端に尋ねた。
「百人です」
「百人。それで何時出たのかは分かりますか」
「半刻ほど前のようです。先ほど私が見まわりをしていたところ、南門を守る兵士達の様子がおかしいので、問いただしたのです」
紀端の報告に、白貂娘は心の中でため息をついた。
呂厳はおそらく、以前からこの出撃を計画していたに違いなかった。あるいは二日後の新月に出撃するつもりだったのを、昼間の一件で前倒しした可能性もある。
とにかく、彼の考えを察することのできなかった自分に歯噛みする思いであった。
彼女はすぐに城壁へ上った。そこにはすでに、同じく報告を受けて駆けつけた益兼が、身を隠しつつ外の様子を伺っていた。
「様子は如何ですか」
白貂娘は益兼に近づき、声を潜めて尋ねたが、彼にも詳しい状況は分かっていなかった。
「まだ何の騒ぎもない。出てから半刻も経つというのに、まだ動いていないようだ」
益兼の口調は、いかにももどかしい、というものであった。
「夜襲は速さが命です。いくら敵の様子を見るといっても、城を出た時点で相手に気付かれる可能性が高いのですから、下手に時間を取るべきではないのに」
彼女も益兼と同じ気持ちである。
命令違反までして出撃した以上、せめて成功してくれなければ、という思いであった。
そうなれば呂厳の気も晴れるであろうし、援軍が来るまでは大人しくしてくれるであろう。しかし失敗したなら、彼を余計に意固地にさせてしまう。いや、それだけならまだ良い。奇襲の失敗は死につながるからである。
その時、突然、闇の中からときの声が上がった。
「始まったか」
しばらく、敵陣の方から騒がしい喚き声と、干戈を交える音が続いた。
城壁からじっとその音の様子を聞いていた白貂娘は、突然、行動を起こした。
「いけません。私は南門の守りに回ります。大司馬はここで敵の動きを監視してください。紀校尉はかがり火を増やして、敵の動きがよく見えるようにしてください」
そう言い残すと、あっという間に白貂娘はその場を立ち去ってしまった。




