第四十一章 白貂娘、決断を鈍らせて呂厳を付けあがらせる 1
しばらくの間、白貂娘は呂厳の行動を無視していた。下手に追求するとかえってこじれると考えたためである。
そのうち飽きるだろう、とも思っていた。
しかし彼女の考えは甘かった。特に呂厳という人物のもつ影響力を過小評価していた。
地元の英雄が軽視されることは、余り良い印象を与えない。人々は呂厳に同情し、白貂娘にそれとなく彼の策を採用するよう促すようになった。
彼女の味方はいまや益兼と磁渕の二人だけであり、かろうじて紀端が中立の立場を保っている。
「このままでは、亮将軍の二の舞だわ」
奉の亮渓夏が軍内の実力者であった広漢決を押さえることができず、結果として無謀な作戦を指揮する羽目になって戦死した時、彼女はその一部始終の目撃者でもあった。
あの時、彼女は広漢決の策に反対した。それはなぜ亮将軍が広将軍の策の不備を認めながら、断固としてそれを退けないのかと不満に思っていたからである。
しかし今になってみると、亮将軍の気持ちが良く分かった。軍内の実力者の協力を得られなくては、満足に指揮を取ることもできないのである。
事実、この数日の間に兵士たちの様子は明らかに変わってきていた。あからさまな批判こそしないが、態度や素振りで彼女への反感を示すものが増えてきている。しかもその傾向は、兵士だけでなく街の人々にも広まってきていた。
彼女はこれ以上、呂厳を放っておくことはできないと判断したが、といって対応の仕方が難しい。彼と話し合って和解するか、あるいは彼を捉えて権威のありかをはっきりさせるかのどちらかとなる。
事態を穏便に済ませたいと考えた白貂娘は、そこで前者を取ることにし、彼と二人だけで話し合える場を設けることにした。
「若さゆえに至らぬ点がありましたらお許しください。今は戦争中です。どうか、味方を分裂させるような振る舞いは控えてください」
彼女はまず謝ってから、彼にそう嘆願した。
呂厳は相手が自分に頭を下げたことで多少の優越感を感じたが、彼女の要望に答えることはせず、高飛車に答えた。
「別に俺は味方を惑わしてなどおらん。事実を言っているだけだ。敵の士気が低いときに敵を叩くのは常識だ。なぜ都からの援軍に拘るのだ」
彼の主張は変わらない。
白貂娘は内心でため息を吐きつつ答えた。
「士気が低いとは言え、数においてはこちらを大きく上回ります。程軍もこの城が正攻法で落とすのが難しいことを知っておりますから、なんとかして私達をおびき出したいのです。敵の思惑に乗るわけにはいきません」
彼女にとってもそこだけは譲れなかった。
しかし呂厳はさらに彼女を非難した。
「それが弱腰だというのだ。敵の思惑が分かっているのなら、その裏を掻けば良いのだ」
「裏を掻くには、まず敵の策に乗らねばなりません。策に乗る以上、そこには危険が伴います。呂校尉も私を諌められたではありませんか。用兵は奇策に頼るべからず、と。どうかここは耐えてください。この城に程王を釘付けにすること、それが最も大切なのです」
陰太守が設けた宴席での彼自身の言葉を取り上げて、彼女は呂厳に訴えたが、それでも彼は受け入れなかった。
「それこそ詭弁ではないか。危険ではない戦などあるものか。ただでさえ、篭城戦は兵の士気を保ち続けるのが難しいとある。何時来るかも分からん援軍を待つより、我が方の勢いのあるうちに敵を叩く方が、上策ではないか」
確かに彼の言う通り、篭城戦は敵も味方も自軍の士気を保つのは難しい。しかし今回の場合、城内の士気を下げているのは、主に呂厳の言動が原因である。
彼女としては、敢えて城壁から敵に姿を見せて、敵を挑発することまでして士気を保とうと努力していた。
そうした努力を無駄にされた挙げ句に、士気の低下の責任を問われては、彼女も呆れて言葉を失ってしまった。




