第四十章 呂厳、策をもって敵に向かおうとするも、白貂娘に退けられる 3
しかしたとえ嫉妬心から出たものとはいえ、彼が軍議の席で提案した作戦に心を動かす者も多かった。また、白貂娘の策は実行したのだから、呂厳の策も取り上げても良いのではないか、と考えるものもいた。
磁渕ですら、彼女に尋ねた。
「呂校尉は自分の策を実行できれば、満足するのではないでしょうか」
「あなたは、それによって死ぬ人が出ることを考えたことがありますか」
自室で甜憲紅に髪を結ってもらっていた白貂娘は、逆にそう聞き返した。
「戦争で人が死ぬのは当然です」
「そうでしょう。しかし、たとえ戦争でも、不必要に兵を死地に置き、見殺しにするのはただの人殺しです」
常にないきつい口調に、磁渕はそれ以上、反論できなかった。
それに対して今度は甜憲紅が白貂娘に尋ねた。
「ご主人様が兵を率いれば、成功間違いないのではありませんか」
「難しいわね。少なくとも私はその気にはならないわ」
否定的な答えが返ってきて、甜憲紅は不思議に思った。
「どうしてですか。渕君から聞いた話では、とてもよくできた作戦だと思いますが」
「そう、渕君はどう思う」
突然、話を振られて、磁渕は戸惑ったが、それでも自分の考えを述べた。
「実を言うとそれほど悪い策とは思いません。良く練られていると思います」
白貂娘は頷きながら磁渕の意見を聞いた。
「そうね。確かによく練られています。しかし、私が恐れているのはそこなのです。わかりますか」
「失敗したら、呂校尉が恥を掻く、という意味ですか」
「いいえ。恥を掻く程度ならまだいいのです。渕君、それに憲紅さんも良く覚えてください」
白貂娘はそう前置きすると、二人に自分の考えを話し始めた。
「本来、戦争に勝つには、敵よりも大きな兵力を集めなければなりません。兵力の過多が、勝敗を左右する第一の要因なのです」
「でも、ご主人様は寡兵で大軍を破られたではありませんか」
甜憲紅は反論したが、白貂娘は否定した。
「私がそれを望んだわけではありません。他に方法がなかったので、やむなく敵よりも少ない兵力で戦ったのです。状況が許したなら、私はあえて城から出ることはしませんよ」
「しかし今回の戦でも最初は討って出たではありませんか」
今度は磁渕が尋ねた。これに対して白貂娘は、以前に益兼と話し合ったときと同じ話をした。つまり、謀反の出鼻を挫く必要性である。
「あの時点では敵も先鋒隊だけでしたから、万一失敗しても、この城を落とされる心配はありません。しかし今は本隊がおります。失敗するならこの城も危険にさらされることになるのです」
「それでは、校尉の策を恐れるのは、彼が失敗すると踏んでいるからですか」
「必ず失敗するとは限りません。しかし呂校尉の策は巧妙に過ぎます。成功したときの効果は確かに大きいでしょうが、途中ひとつでも段取りを間違えると、全て水泡に帰すことでしょう」
それを聞いて、磁渕もその可能性があることは認めた。
「しかし完璧な作戦などあり得ないのではないでしょうか」
「例えば、この城の兵力だけで程軍を追い返さなければならない、あるいは兵糧が足りなくて短期決戦を迫られているなら、彼の策を採用することも考えるでしょう。しかし今のわたしたちは、そこまで追い詰められているわけではありませんし、もう少し待つなら、必ず陛下が援軍を率いてくるのです。敢えて失敗する可能性のある策を取る必要はないのです」
白貂娘の説明に、磁渕は納得した。
彼が最初に抱いていた白貂娘に対する偏見も、この頃にはすっかりなくなっていた。むしろ、先生に習おうとする生徒のようであった。
それに対して甜憲紅の方は、口にこそ出さなかったが、彼女の説明に納得してはいなかった。彼女にとって白貂娘の強さは絶対的なものであり、不可能を可能にするところに、白貂娘という人物の価値があったのである。
しかし、不満はあってもそれは胸にしまったまま、甜憲紅は無言で白貂娘の髪を結いつづけた。




