第四十章 呂厳、策をもって敵に向かおうとするも、白貂娘に退けられる 2
「王殿は、怖気づかれたのか」
ついに呂厳はそう詰め寄った。
しかし白貂娘は彼の勢いに飲まれることはなかった。
「私に任されたのは援軍の到着までこの城を守りきることです。敵が退こうというのならともかく、少なくともこの城を落とそうと身構えている相手に向かって、多少の功名のために危険を冒して今の兵力で討って出る気はありません」
白貂娘は、自分が絶対に考えを変えない事を示すために、あえてそう言いきった。
このため、呂厳もこの時以降、軍議の席で持論を述べることを止めた。
但し、彼が口を噤んだのは軍議の席だけの事であった。彼は所構わず白貂娘の悪口を言うようになったのである。
「あんな弱腰では、どうしようもない。都からの援軍を待つだけの、どこが作戦だ」
「あの娘は、俺に戦功を取られるのを恐れておるのだ。だから俺の意見など耳を貸そうともせん」
「親善試合で俺に負けたのがよほど悔しいと見える。嫉妬で俺を使いたくないのだ」
彼は盛んにそう触れ回った。
しかし、実を言えば嫉妬を抱いているのは呂厳自身の方であった。親善試合の時の彼女の行動が、彼を意固地にさせていたのである。
試合の一戦目で圧勝して油断したこともあったが、二戦目での白貂娘の動きには、目を見張るものがあった。彼自身、自分の攻撃が全てすり抜けるように感じ、気が付くと一本取られていたのである。
そして、問題は次の第三戦であった。ようやく彼女の実力を認めた呂厳は、今度は本気を出して打ちかかった。十数合打ち合ったとき、このまま打ち合っても勝負はつかないと判断した呂厳は、捨て身の一撃を彼女に打ち込んだのである。しかし白貂娘はその動きを読んでいた。彼の木刀が自分の体に打ち込まれる寸前、彼女は木刀を引き、防御に回ったのであった。
結果的にはその打ち込みにより、呂厳は三戦目を取り、勝者となった。しかし、彼にとっては納得のいくものではなかった。
最後の瞬間、もし白貂娘が自分に打ち込んできていれば、速さに勝る彼女が勝っていたはずである。つまり、彼は勝ちを譲られたことになる。勿論、それは一瞬のことであり、その場にいた殆どの者は気づきもしなかったであろう。
それでも、呂厳の自尊心を傷つけるのには十分であった。
その後、呂厳は白貂娘にそのことを問い詰めた。それに対し、彼女は別に恩着せる風でもなく答えた。
「呂校尉、それは考えすぎです。私はあの瞬間、五分五分だったと思います。もし相打ちになったなら、体格に劣る私の負けは明らかです。たとえ私の方が速かったとしても、同じです。試合ですから私の勝ちかも知れませんが、真剣なら、私が校尉の肉を切るうちに、校尉が私の骨を断っていることでしょう」
そう言われると、呂厳も否定はできなかった。
しかし、その余裕のある受け答えを聞いたとき、彼はますます敗北感を募らせた。自分よりも若い白貂娘は、実のところ、自分よりも遥かに円熟している、という思いが嫉妬心となったのである。




