第四章 回皇后、白貂娘を召す 2
広漢決は屈辱と怒りに震えつつ都に戻った。
しかし都でも広漢決の策で軍が大敗したことが知れ渡っており、彼は自宅に篭もったまま出仕しなくなった。朝廷では彼の責任論も出たが、多くの武将を失った今、一人でも惜しい、という劉監の進言により、彼の罪は不問となった。
劉監はさらに、白廊関の守りを白貂娘に変えて別の者にするように進言した。
しかし、すでに奉にはめぼしい武将が居なかった上に、この時点では平蘭史が彼女を信頼していたため、彼の言葉は退けられた。その後の経過は前述の通りである。
閑話休題。
王礼里は太子の教育係の一人としての役職を得た。
瑛では、太子の教育は太傅が責任を持って行う。太傅の下には少傅が三人おり、それぞれ太子に礼儀、学問、武芸を教える。さらに、少傅の下にも幾人かの補佐役が付く。
なおこの太傅、少傅という地位は、多くの場合、経験をつんだ老齢の者が就く。
その理由はまず一つに教育には経験が必要である、という認識からである。二つ目として、教育係が余計な野心を抱いて、太子を自分の傀儡とすることを防ぐためである。
老齢の者なら、太子が玉座につく頃には、もう大それた野望を抱く事はないだろう、という少々不敬な考えが含まれている。実際、太傅は位としては丞相に匹敵するが、現実の朝廷に対する発言力はほとんどない。完全な名誉職なのである。
ちなみに現在は太傅職に迂泉、少傅職にはそれぞれ陰支訓、離封元、楊猛という人物がその位に就いている。皆、例に違わず高齢である。
しかし次の皇帝を育てる、という仕事が重要なものである事には変わりがない。このため太傅、少傅の位に就く者は慎重に吟味される。
そして白貂娘は、その吟味で引っ掛かった。瑛に降ってからまだ日が浅い事と、その若さが問題となったのである。
それでも皇帝は彼女の登用にこだわった。
そこで太傅と少傅の間に、次傅という位を新たに設け、そこに王礼里を就かせる事を無理やり、決定してしまった。
皇帝法安才は、太子時代に一人の妻を娶っていた。大司農回徳の孫娘で、名前を回凛という。現在の回皇后である。
法安才には他に、景夫人と楊夫人という二人の側室がいるだけで、皇帝としてはごく小さい後宮といえる。これは、彼が外征のために、できるだけ自分の身の回りを質素にしようとしているためであった。子供は男子が法喜香一人で、他に五人の娘がいた。
皇太子の法喜香は回皇后の息子であり、他に男の子が生まれていない以上、後継者争いが起こる心配はまずないと考えられていた。
しかし、一部では次の皇帝に|慶《けい》王法貴円を擁立しようという動きがあったことも事実である。
回皇后は、自分の息子が次の皇帝になることを信じていたが、それでも我が子の素質を危ぶみ、義弟に横取りされる事を恐れていた。
天下は統一されたとはいえ、まだ不安要素は残っている。夫である法安才が長生きして、瑛の土台を盤石なものとしてくれるなら心配はなかったが、万一の事があるなら一大事である。
少年皇帝では頼りない、という意見が出るなら、彼女にもそれを否定する事はできなかった。母親から見ても、息子はどうも頼りないからである。
そしてそうなるなら、義弟が玉座に就く事は目にみえている。
このため、回皇后は皇帝が長生きする事を祈るとともに、息子が少しでも立派になるようにと、いつも太傅の迂泉を呼んでは注意していた。また、夫の法安才にも、息子にもっと有能な教育係をつけるよう、催促していた。
そのような時に、回皇后への相談なく王礼里が太子の教育係に就く事が決定した。
当然ながら回皇后はその事が不満だった。最近まで隠れていた敵国の人物を息子に近づけるというだけでなく、その人物はまだ十七歳という若さの女性だという。
彼女は最初、その不満を自分の一番上の娘である、陽長公主の法詠華にぶつけた。
法詠華は現在十五歳であり、法安才の子供のうちで最も年長である。昨年、回一族で大夫の一人である、回循粛という人物の元へと嫁いでいた。
それでも時々、後宮へと出て来ては母親と宮廷内の噂話に花を咲かせていたのである。
「陛下は、太子の教育係に若い娘を選ぶなんて、何を考えているのでしょう」
「あ、聞いたわ。奉の白貂娘とかいう人でしょう」
「それはあだなよ。全く、白貂なんて縁起の悪い。本当の名前は、王礼里というのよ」
「あら、白貂は縁起が悪いなんて迷信でしょう。その人、丁将軍を破ったっていうじゃない。私は会ってみたいな」
回皇后は、娘のその言葉を不思議に思った。法詠華はどちらかというと人見知りをする方であり、親しい人とは際限なく話を続けるが、気に入らない人の前に出ると、一切口を開かなくなるのである。
「あなたが会いたがるなんて珍しいわね」
「違うわ。珍しいから見てみたいのよ」
つまり、法詠華にとって白貂娘というのは珍獣とあまり変わらないのである。
「母上も、まず一度会ってみればいいのよ。文句を言うのはそれからでも遅くはないんじゃない」
法詠華は別に深い考えがあって言った訳ではなかったが、その言葉に回皇后は考え込んだ。
「そうね。もう決まった事だし、愚痴を言っていても始まらないわね。明日、その娘が参内するそうだから、私が自分の目で見て判断しましょう。私が見てふさわしくないと思ったら、その時は断固として反対する事にしましょう」
「じゃあ、私もその場にいてもいい」
「駄目です。明日は私一人で見ます」
法詠華は不満だったが、今回は引き下がった。
その翌日、皇帝は王礼里を再び参内させた。次傅への正式な任命のためである。
「朕は、若いうちに様々なものを見、また苦労する事が大切だと思うのだ。朕も若い頃は太子などではなく、市井の若者とも親しく遊んだものだ。しかし、あれは生まれた時から宮廷内で育ち、年寄りと後宮の女たちに囲まれて大きくなった。彼らはよくやってくれているが、やはり何かが足りないようだ。どうも内向的で覇気にかけている。しかも最近は、我が侭になってきた。そちの身分は、あれの教師の一人、という事になっているが、そちにはあれの教師としてではなく、友人になってもらいたいのだ。あれの年齢が十二歳と、少し離れてはいるが、他にふさわしい者がおらん。そちはその若さで多くの経験をし、多くの物を見てきている。必ずあれにも良い影響を与えてくれるであろう」
そう言うと、皇帝法安才は自分の息子である法喜香を呼び、王礼里に引き合わせた。
「朕の息子、喜香だ。どうかよろしく頼む」
法安才はそう、法喜香を紹介した。
「おまえが奉の白貂娘か。女官どもが、えらく醜い顔だと言っていた」
ぶしつけに法喜香はそう言った。法安才は窘めようとしたが、王礼里はそれを止めた。
「確かに私の顔は醜くなっています。太子はそのことが気になりますか」
王礼里の質問に、太子は何も言わず下を向いた。
法安才は、太子を下がらせてから、再び王礼里に向かって言った。
「どうもすまない。よく我慢してくれた」
「いいえ、別に我慢など」
「いや、判っている。あれがそちの顔の事に触れた時、そちは一瞬、体を強張らせたであろう。誰でも、気にしている事に触れられるのは嫌なものだ」
「陛下の目はごまかす事ができません。確かに、今でも顔の事を他人に指摘されるのは、良い気持ちはしません。でもその事を気にしすぎるなら、とても生活はできません。ですから、できるだけ受け流すように努力しているのです」
「なるほど。あれにももう少し人の機微というものを知ってもらいたいものだ」
「太子は優しい方ですよ。ただ何かが心の中に引っ掛かっていて、素直になれないのだと思います」
「そう言ってもらえると朕も嬉しい。どうか、その心のつかえを取ってやって欲しい」
「陛下のご期待に添えるよう、努力いたします」
そう言うと、王礼里は一礼して皇帝の元を出た。
王礼里が廊下に出ると、そこに宦官の張橋がいた。張橋は回皇后の使いで王礼里を迎えに来ていたのである。
「皇后様がお呼びです。ご同行お願いいたします」
突然の申し出に王礼里は戸惑った。今日はこの後、迂太傅と会うだけだと聞いていたからである。
「皇后様のお呼びとあれば参らぬ訳にはいきませんが、迂太傅が別室で私を待っています。どうか、太傅に私が遅れる事を伝えて頂けないでしょうか」
「太傅にはもう伝えてあります」
張橋は慇懃な物腰でそう言った。瑛は後宮の規模も小さく、宦官の数も少なかった。また、皇帝も皇后も宦官が増上するようなことを許さなかったため、政治を壟断するほどの権力を持つ宦官は、この時代にはいなかった。
張橋も、宦官の長ではあったが、その影響力は宦官たちの中だけであり、使用人頭の域を出ない。当然、廷臣に対する物腰も丁寧になる。
「そうですか。では案内してください」
張橋は無言で歩き出した。王礼里はその後をゆっくりと付いてゆく。
皇后が臣下のものと会う場合、普通は簾を通して行われる。これは、男子がみだりに皇后を見ることがないように、という配慮からだが、この時、王礼里は回皇后の部屋に直接、案内された。
皇后が王礼里を直に見て判断したいと考えたからである。




