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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第三部 南行編
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第三十九章 法九思、白貂娘の策に嵌って墓穴を掘る 3

 事の次第を最後に知ったのは、(てい)王であった。当然、彼は激怒した。自分を攻撃する書類を、自分の率いる軍の兵士たちが奪い合っているのである。彼はすぐに檄文の回収を命じ、さらに兵たちを集めて、その前で彼らを叱りつけた。

「書など人が読めれば十分である。少し上手であるからと珍重するなど馬鹿げている。事実、おまえたちの旧主は、それで国を滅ぼしたではないか」

 (てい)王が引き合いに出した旧主とは、(えい)が滅ぼした程国の、最後の君主となった楊近(ようきん)と、その父親である楊啓(ようけい)のことである。

 この親子は、二代にわたって詩歌や書画骨董に凝った挙げ句、(えい)の大軍を前にして、抵抗らしい抵抗もせず、国を明け渡した。

 もちろん(てい)の人々も、その二人が名君だったとは思ってはいない。

 しかし彼らにとっては楊啓(ようけい)楊近(ようきん)親子の支配も、(えい)の支配もさほどの違いは無かった。むしろ、国を戦禍に巻き込むことをせず、潔く(えい)に下った楊近(ようきん)に、同情を寄せるものも少なくなかったのである。

 このため、よそ者に過ぎない法九思(ほうきゅうし)が、自分たちの旧主を貶めたことで、(てい)軍の兵士たちは著しく感情を害することになった。




 翌日以降、(てい)軍の動きは目に見えて緩慢になった。

 穣丘(じょうきゅう)城内の人々も、檄文の効果を否定することはできなくなり、白貂娘(はくちょうにゃん)に対する態度を改めるものも多かった。

「驚くほど効果がありました。白廊関(はくろうかん)の名将は健在でしたな。」

 益兼(えきけん)も、効果を期待していなかっただけに、彼女への賛辞を惜しまなかった。

 しかし、もっとも驚いていたのは白貂娘(はくちょうにゃん)自身でもあった。

「ここまで効果があるとは思いませんでした。ただ、(てい)王は書画には興味の無い方だと聞いていたので、書画を好む程の人々との間に溝を作るきっかけになればと思ったのです。どうやら、(てい)王は自ら墓穴を掘ったようですね」

 そう言うと、さらに白貂娘(はくちょうにゃん)は、この作戦についてまだ彼に伝えていない事実を話し始めた。

「実を言うと、この策は私のものではなく、私の元で従者として働いている者の意見だったのですよ」

 意外な事実に、益兼(えきけん)も軽い驚きの声をあげた。白貂娘(はくちょうにゃん)はさらに続けた。

計侃(けいかん)殿のご子息で、(えん)という子が私の元におります。そのものが、発案者です」

「ほう、計侃(けいかん)の子ですか。父親と一緒に出陣したのではなかったのかな」

「末の子が晁雲(ちょううん)殿の元で詩を学んでおります。その者が私のところで従者をしているのです」

 益兼(えきけん)は改めて、白貂娘(はくちょうにゃん)と呼ばれている、この女性の凄さを感じた。

 もしも彼女が最初から、磁渕(じえん)という若者の発案ということを言っていたなら、それが採用されることは無かったであろう。王礼里(おうれいり)という、すでに功績のある人物の頭から、考え出されたと信じたからこそ、反論がありながらも実行に移されたのである。

 そして彼女はその事実を、自分の胸のうちにしまっておく事もできたのである。磁渕(じえん)という穣丘(じょうきゅう)族の若者が、自分が考えたことだと主張しても、信じるものなどいないからである。

 それをあえて、監軍である益兼(えきけん)に伝えたということは、この作戦の発案者が磁渕(じえん)であるということが、正式に記録に残る、ということを意味するのである。

「その(えん)とやらは、ものになりそうかな」

「経験次第ですね。ただ、この地に留まっているなら、難しいかもしれません」

 確かに穣丘(じょうきゅう)族である彼がどんな功績を挙げても、この土地に留まる限り、彼の父親がそうであったように、飼い殺しにされるのが関の山である。有能な人材が一人でも惜しい(えい)にとって、それは見過ごしに出来る話ではなかった。

「そうですか。では取り敢えず、従者ではなく、あなたの幕僚の一人としてあげなさい。そうするなら、軍議にも参加できますし、この戦が終われば、都へと連れて行くこともできるでしょう」

 益兼(えきけん)白貂娘(はくちょうにゃん)にそう勧めた。彼女の幕僚にすることで、その才能を(えい)のために活かさせることもできると考えたのである。

 一方、彼女としては、そこまで考えてはいなかった。ただ磁渕(じえん)という若者を益兼(えきけん)が認めてくれたのが嬉しく、彼に深々と礼をした。

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