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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第三部 南行編
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第三十九章 法九思、白貂娘の策に嵌って墓穴を掘る 1

 (てい)王の穣丘(じょうきゅう)攻略は、白約楽(はくやくがく)に見破られた時点で失敗していたといっても過言ではなかった。

 元々、穣丘(じょうきゅう)という街は堅牢さで知られた街であり、敵に対する備えができてしまえば、どんな名将といえ、そう簡単に落とせるものではない。

 事実、彼らは緒戦で大敗を喫することになった。と言っても、それは(てい)軍の油断から来たものともいえる。

 なぜなら、彼らは穣丘(じょうきゅう)側に戦の準備が出来ているとは考えておらず、先鋒の及帆(きゅうはん)典碗(てんわん)の両将は、無防備に城に近づいたところを奇襲に遭い、結果、及帆(きゅうはん)は戦死し、典碗(てんわん)も捕虜となったのである。


 緒戦の敗報に、法九思(ほうきゅうし)は苦い顔をした。

 穣丘(じょうきゅう)を落とすか落とさないかで、今後の方針が大きく変わってしまう。

 穣丘(じょうきゅう)さえ抜けば、(きょ)州の太守の半数は味方に付けられるはずであり、これからの戦略に幅ができる。しかし、穣丘(じょうきゅう)を落とさないなら、(てい)の首都とも言える開砂(かいさ)は喉元に剣を突きつけられた形となり、氾江(はんこう)の南岸を維持するのも難しくなる。

 つまり穣丘(じょうきゅう)を落とす事は、今回の挙兵を成功させるために欠かせない事項であった。

 それが太子を捕らえることも、穣丘(じょうきゅう)も落とす事にも失敗した今、新たな戦略を考える必要に迫られた。

 それは基本的には、このまま力攻めで穣丘(じょうきゅう)を落とすか、他の街へ矛先を変えるか、または開砂(かいさ)へ戻って出直すか、という三つの選択肢となる。

 しかし、ここまで来て何もせずに開砂(かいさ)へ戻るというのは、いかにも下策である。といって、今から攻める街を変更するのも、無策を絵に描いたような話である。

 結局、彼は穣丘(じょうきゅう)を攻め落とすという当初の方針を貫くことにした。

「一ヶ月、いや半月で落とすのだ」

 (てい)王は、配下のものをそう激励した。別に兵糧が乏しいためではない。それ以上かかるなら、都からの援軍が来るからである。

 その日から(てい)軍は火のように穣丘(じょうきゅう)を攻めた。しかしその攻防は(てい)王の思惑を大きく狂わせていくことになった。




 一方、穣丘(じょうきゅう)の人々は、喜香(きこう)太子がどこへ行ったのか、何も知らなかった。

 しかしその事で自分たちが見捨てられたなどとは考えなかった。

 穣丘(じょうきゅう)には大司馬(だいしば)益兼(えきけん)が残っていたし、武勲輝く白貂娘(はくちょうにゃん)も残っている。

 それに、彼らにはこれまでも幾度となく対岸から押し寄せる大軍を撃退してきた、という自信がある。

 むしろ白貂娘(はくちょうにゃん)が見たところ、その過信の方が危うく思えるほどであった。


「この街の人は、まるで何かに酔っているようね」

 軍議を終えて自分の部屋に戻った彼女が呟いた。

「周りが酔っている時に、一人素面でいられる人など、そうはいないでしょう」

 従者として彼女の側にいた磁渕(じえん)は、あたかも相手の無知を詰るかのように、白貂娘(はくちょうにゃん)の独り言にけちを付けた。

「では(えん)君は、数少ないうちの一人なのかしら」

 白貂娘(はくちょうにゃん)がからかうようにそう言うと、磁渕(じえん)は怒ったように顔を背けた。

 その様子を見た甜憲紅(てんけんこう)は、磁渕(じえん)に食って掛かった。

「あなた、自分の主に対して、そんな不敬な言い方はないでしょう」

 甜憲紅(てんけんこう)にとって、白貂娘(はくちょうにゃん)は絶対的な存在である。そのため、磁渕(じえん)の斜に構えた態度が気に入らず、絶えず喧嘩をしていた。

 白貂娘(はくちょうにゃん)はといえば、磁渕(じえん)の態度をそれほど問題視はしていなかった。


 そもそも彼が自分に対して良い感情を抱いていない事については、晁雲(ちょううん)からあらかじめ聞いており、それを承知で、彼の身柄を引き受けたのである。今更、その態度についてどうこう言うつもりはなかった。

 むしろ喜香(きこう)太子、陽長(ようちょう)公主、白約楽(はくやくがく)が去り、益兼(えきけん)も多忙な中で、彼は白貂娘(はくちょうにゃん)の話し相手として貴重な存在ともいえた。

 この点、甜憲紅(てんけんこう)は献身的であり、細々と気は利くが、話し相手としては余りにも彼女に傾倒しすぎている。白貂娘(はくちょうにゃん)が違う視点からの意見を聞きたいと思っても、彼女ではまず期待はできなかった。


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