第三十九章 法九思、白貂娘の策に嵌って墓穴を掘る 1
程王の穣丘攻略は、白約楽に見破られた時点で失敗していたといっても過言ではなかった。
元々、穣丘という街は堅牢さで知られた街であり、敵に対する備えができてしまえば、どんな名将といえ、そう簡単に落とせるものではない。
事実、彼らは緒戦で大敗を喫することになった。と言っても、それは程軍の油断から来たものともいえる。
なぜなら、彼らは穣丘側に戦の準備が出来ているとは考えておらず、先鋒の及帆、典碗の両将は、無防備に城に近づいたところを奇襲に遭い、結果、及帆は戦死し、典碗も捕虜となったのである。
緒戦の敗報に、法九思は苦い顔をした。
穣丘を落とすか落とさないかで、今後の方針が大きく変わってしまう。
穣丘さえ抜けば、渠州の太守の半数は味方に付けられるはずであり、これからの戦略に幅ができる。しかし、穣丘を落とさないなら、程の首都とも言える開砂は喉元に剣を突きつけられた形となり、氾江の南岸を維持するのも難しくなる。
つまり穣丘を落とす事は、今回の挙兵を成功させるために欠かせない事項であった。
それが太子を捕らえることも、穣丘も落とす事にも失敗した今、新たな戦略を考える必要に迫られた。
それは基本的には、このまま力攻めで穣丘を落とすか、他の街へ矛先を変えるか、または開砂へ戻って出直すか、という三つの選択肢となる。
しかし、ここまで来て何もせずに開砂へ戻るというのは、いかにも下策である。といって、今から攻める街を変更するのも、無策を絵に描いたような話である。
結局、彼は穣丘を攻め落とすという当初の方針を貫くことにした。
「一ヶ月、いや半月で落とすのだ」
程王は、配下のものをそう激励した。別に兵糧が乏しいためではない。それ以上かかるなら、都からの援軍が来るからである。
その日から程軍は火のように穣丘を攻めた。しかしその攻防は程王の思惑を大きく狂わせていくことになった。
一方、穣丘の人々は、喜香太子がどこへ行ったのか、何も知らなかった。
しかしその事で自分たちが見捨てられたなどとは考えなかった。
穣丘には大司馬の益兼が残っていたし、武勲輝く白貂娘も残っている。
それに、彼らにはこれまでも幾度となく対岸から押し寄せる大軍を撃退してきた、という自信がある。
むしろ白貂娘が見たところ、その過信の方が危うく思えるほどであった。
「この街の人は、まるで何かに酔っているようね」
軍議を終えて自分の部屋に戻った彼女が呟いた。
「周りが酔っている時に、一人素面でいられる人など、そうはいないでしょう」
従者として彼女の側にいた磁渕は、あたかも相手の無知を詰るかのように、白貂娘の独り言にけちを付けた。
「では渕君は、数少ないうちの一人なのかしら」
白貂娘がからかうようにそう言うと、磁渕は怒ったように顔を背けた。
その様子を見た甜憲紅は、磁渕に食って掛かった。
「あなた、自分の主に対して、そんな不敬な言い方はないでしょう」
甜憲紅にとって、白貂娘は絶対的な存在である。そのため、磁渕の斜に構えた態度が気に入らず、絶えず喧嘩をしていた。
白貂娘はといえば、磁渕の態度をそれほど問題視はしていなかった。
そもそも彼が自分に対して良い感情を抱いていない事については、晁雲からあらかじめ聞いており、それを承知で、彼の身柄を引き受けたのである。今更、その態度についてどうこう言うつもりはなかった。
むしろ喜香太子、陽長公主、白約楽が去り、益兼も多忙な中で、彼は白貂娘の話し相手として貴重な存在ともいえた。
この点、甜憲紅は献身的であり、細々と気は利くが、話し相手としては余りにも彼女に傾倒しすぎている。白貂娘が違う視点からの意見を聞きたいと思っても、彼女ではまず期待はできなかった。




