第三十八章 法詠華、陽安への帰還前に白貂娘へ警告をする 3
白貂娘が慌ただしく戦支度をしていると、そこへ陽長公主が顔を出した。
「公主、もう出発されるのではないですか」
太子の出撃に同行する回徳と、穣丘の防御を任された白貂娘、そして監軍として残る益兼を除くなら、巡幸に同行した主な人物は皆、陽安へと戻る手筈になっていた。
当然、陽長公主も帰還組であり、まだ出発しないまでも、その準備に忙しいはずであった。
「ええ。もう出発するわ」
そう言いながら、彼女は白貂娘に近づいてきた。
「どうされました」
「少しあなたと話したくて。時間を貰ってもいいかしら」
普段と違う様子を感じた白貂娘は、改めて彼女の方を向いた。
「もう、あなたと会うのも最後かもしれないから、改めてお別れを言おうと思ってね」
突然、陽長公主がそんなことを言い出したので、白貂娘は驚いた。
「そんな」
「別に、あなたが負けるとは思っていないわ。ただ、どうもすっきりしないのよ」
歯切れの悪い言い方は、陽長公主らしくない。白貂娘は不思議に思って質問した。
「なにか、気にかかっていることでもあるのですか」
「何が気にかかっているのか判れば、こんな悩みはしないわ。あなたは何も感じていないの」
「何をです」
「空気というか、雰囲気というか。都にいたときから感じていて、それが嫌で私はこの巡幸に付いて来たのだけど、どうもこの巡幸にもその雰囲気がまとわり付いているのよね」
そう言われても、白貂娘には判らなかった。
「私は別に感じませんが」
「そう。なら仕方がないわ。ただどうも、何かがあると感じるのよ。強いて言うなら、陰謀というべきかしら。そんなものを感じているの」
そう聞くと、白貂娘はほっと息を付いた。
「それは、当然ではないでしょうか。最初からこの巡幸は、程王を誘い出すための作戦だったようですから」
しかし、陽長公主は否定した。
「叔父上に私を不安にさせるような陰謀を立てることなんて、できやしないわ。私が感じているのは、もっとどろどろしたものなの。説明はできないけど、私やあなたを含めた、瑛の皇族重臣を巻き込む、大きな陰謀が仕組まれている気がしてならないのよ」
「はあ」
真剣な陽長公主に対して、白貂娘も真剣に対応しようと思いつつも、余りにも唐突な話であるために、間の抜けた返事しかできなかった。
陽長公主はそれを見て、溜息を吐いた。
「あなたは、意外に鈍いのね。そこがいいところなのかも知れないけど、時には命に関わるわよ。白廊関の時のようにね」
そう言われて、白貂娘はどきりとした。あの時、瑛の朝廷、正確には白約楽が、自分と君主との離間を図っていたことを、彼女は全く気付かなかったのである。
「しかし誰が、何の目的で、そんな陰謀を立てるのです」
「それが判れば苦労はしないわ。私は考えるのは苦手なの。それは、あなたの仕事でしょう。とにかく、あなたの敵は城の外だけではないと思った方がいいわ」
それだけ言うと、陽長公主は部屋を出てしまった。




