第三十七章 白約楽、龍嵐児に瑛へ帰順するよう交渉する 3
龍嵐児は白約楽を上客の待遇で接した。王蘭玉は戦場には行く気はしないといい、彼らとは別れて、再び自分の仕事へと戻っていった。
白約楽は直ぐにでも、龍嵐児が砦を出るものと思っていたが、彼はまだ準備が整っていないと言い、それからさらに三日ほど留まっていた。
ある日、白約楽は龍嵐児に近づくと、彼に例の布の由来を尋ねた。
白約楽は、彼が船室から出てきた時の表情から、程に付く決意を固めたことを悟っていた。
そしてその決意を翻させたのが、白貂娘から渡った布であることは間違いなかった。しかしそれが何を意味するものなのか、一つだけ思い当たる節があったが、それでも事実を確認したかったのである。
龍嵐児は、懐から大事そうにその布を取り出すと、別に隠すことでもないと言って、彼に話し始めた。
「これは、俺の義兄弟だった男の形見なんだ」
龍嵐児が妙に大きな声で白約楽に返答した。その意味を悟り、白約楽も少し大きな声でさらに聞いた。
「ほう、だがなぜそんなものを白貂娘が持っていたのですか」
「別に不思議でもなんでもない。その男とは、虎雷童だからだ」
それを聞いて、白約楽も予想通りだと納得した。
虎雷童と白貂娘の繋がりは、誰でも知っている事である。
「俺も虎雷童も、なりたくて山賊や水賊になったわけではない。白貂娘は虎雷童を山賊から抜け出させて、奉の忠臣として死に場を与えてくれたのだ。その上、こうしてあいつの形見まで届けてくれた。俺としても、その恩に報いねばなるまい」
不自然なほど大きな声で、龍嵐児はそう、経緯を語った。
そこまで語ったところで彼はにやりと笑い、声の調子を落として話を続けた。
「白貂娘に感謝することだな。俺としても瑛と程を秤にかけて、あの時点では程に決していた」
「察していました」
神妙な顔つきで、白約楽が答えると、龍嵐児はさらに続けた。
「お前の話で、瑛の方が自分に有利なのは理解できた。しかし、俺の美学としては、名分の立つ方に付きたかったのだ」
「意外と理想家ですね」
白約楽の感想に、龍嵐児は苦笑した。
「もちろん、俺だって理想だけで生きて行けるとは思わん。だが、一度水賊などになった男が、まともな生活に戻るには、普通以上に自分の行動に気を付ける必要があるんだよ。程王の元に、高遂の養子がいることは知っているだろう」
その問いに、今度は白約楽が苦笑した。
「つい最近知りました。実を言えば、程王のところに、龍殿を味方に付けるよう勧める男などいないと、たかをくくっていました。たとえいたとしても、こちらに引き込む自信もありましたし。重傑という男の正体を知った時は、ですから私の甘さを再認識させられましたよ」
「ははは。重傑はかなり早い時期から俺に接触してきた。その俺が、理由もなく程から瑛に乗り換えるなら、人は俺が利に釣られる男だと言うだろう。利で動く人間が信用されず、真っ先に粛清されるのは、歴史が教えている」
「ほう、意外といっては失礼ですが、学もあるのですね」
「耳学問だよ。とにかく、俺にとっても白貂娘は救い主だ。堂々と瑛に味方する名分ができたのだからな」
龍嵐児は白約楽から布の由来を聞かれるのを待っていたのであり、その機会をとらえて仲間に自分と虎雷童、そして白貂娘の関係を伝えたのである。
「なかなか計算高い男だな。だが、本心をあまり人に話すのは感心しない」
「当然だ。白殿は俺達に近いようだし、本心を隠したところで隠し切れるもんじゃないだろう。腹を割って話した方が、要らぬ疑いを持たれずにすむ」
そういって、彼は再び笑った。
白約楽はそこで、もう一つの疑問について尋ねた。
「ところで、出発を延ばしているように思えるのだが、いつ出発するんだ」
「ああ、白殿には悪いが、俺も子分どもを無駄死にさせたくはない。今、蜀果の側面を衝くのも効果はあるだろうが、数に劣るこちらが押し切るのは難しい。それよりも、あと二週間ほどで新月になる。暗闇の中で攻撃を仕掛けた方が、より効果がある。それに、その頃には都からも援軍が到着するだろう」
「なるほど。だが、それでは日和見たと思われないか」
「思う奴は思えばいい。俺は方針を決め、そのために勝つ策を選んだのだ。あいにく穣丘は、城そのものは固いが、港は開けているぶん、守りに向いているとは言い難い。あの辺りで水上に留まるには、相手と互角以上の戦力が必要になる。水軍には水軍の戦い方がある以上、これだけは譲ることはできん」
そう言われては、白約楽も黙るしかなかった。




