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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第三部 南行編
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第三十七章 白約楽、龍嵐児に瑛へ帰順するよう交渉する 1

 白約楽(はくやくがく)らが龍嵐児(りゅうらんじ)の元へ着いたのは、その日の深夜であった。遅い時間にも関わらず、砦全体から高揚とした雰囲気が伝わってくる。

「どうやら出発前に間に合ったようだ」

 白約楽(はくやくがく)はほっと胸をなで下ろした。

 王蘭玉(おうらんぎょく)はすぐに見張りのものに取り次ぎを頼み、既に船に乗り込んでいた龍嵐児(りゅうらんじ)の元へと、白約楽(はくやくがく)を連れていった。

「姉さん、久しぶりだな。元気だったかい」

 龍嵐児(りゅうらんじ)は彼女の顔を見ると、親しげに声を掛けた。

「もう年だね。昔馴染みに会うと、特に年を感じさせられるよ」

 王蘭玉(おうらんぎょく)が冗談とも着かないことを言うと、龍嵐児(りゅうらんじ)は大いに笑った。

「ところで、後ろの男は何者だい」

「ああ、これがあんたのところに来た理由だよ。私は頼まれて、この男をあんたに売りに来たのさ」

 王蘭玉(おうらんぎょく)に紹介されて、白約楽(はくやくがく)は前に進み出て、一礼した。

「姓を(はく)、名を約楽やくがくと申します」

「悪いが姉さん、こんな細腕の男じゃあ、役に立ちはしないぜ。他を当たってくんな」

 てっきり、王蘭玉(おうらんぎょく)が知り合いの職探しのために来たと思い込んだ龍嵐児(りゅうらんじ)は、白約楽(はくやくがく)を一瞥しただけで断った。

「勘違いしちゃあ困るよ。この男の仕事を世話しに来たんじゃあない。あんたに(えい)の元丞相を売りに来たんだよ」

 王蘭玉(おうらんぎょく)はわざと、何気ない調子でそう言った。そして、彼女の思惑通り、その場の雰囲気が一瞬にして変わった。

 龍嵐児(りゅうらんじ)も彼女の言葉を聞くと、態度を改めた。

「姉さん、何だってこの男を俺に売るんだい」

「さあね。私は商人として頼まれただけさ。値段はこいつと交渉しておくれ」

 王蘭玉(おうらんぎょく)はそういって一歩下がった。自然と白約楽(はくやくがく)が前に出る形となる。

 白約楽(はくやくがく)龍嵐児(りゅうらんじ)は、真正面から向き合った。

(えい)の元丞相さん、いったい、俺に幾らで買って欲しいんだい」

「あなたとあなたの部下全てで」

 その言葉を聞くと、龍嵐児(りゅうらんじ)は大笑いした。

「あんた一人と、俺達全てを交換しろと。これは虫のいいことをおっしゃる。一体全体、お前一人を買うために、なぜそこまでせねばならん」

「では、私にはそこまでする価値がないと」

 龍嵐児(りゅうらんじ)は笑うのを止めると、白約楽(はくやくがく)に凄んで見せた。

「既に(てい)王からの誘いが来ておるわ。更にお前を連れて行けば、たっぷり褒美がもらえるだろうよ」

 しかし、白約楽(はくやくがく)はそれを聞くと逆に笑い始めた。

「全く、目先のことにとらわれると、自滅するだけですよ。(てい)王の味方をする、それはあなたのためにも止めた方がよろしいでしょう」

 自信たっぷりな白約楽(はくやくがく)の態度に、龍嵐児(りゅうらんじ)はつい乗せられた。

「ほう、(てい)王の味方をすると俺が自滅する。それは初耳だ。(えい)軍は長躯してくる上に、水戦に不慣れと来ている。(てい)王は、天下を取れないまでも、その半分は取れるだろう」

「なるほど、確かに(りゅう)将軍が(てい)王側に付くなら、(えい)軍は苦戦を強いられましょうし、あるいは南華に割拠することも可能かもしれません。しかし、その時あなたはどうなるでしょう」

「どうなる、とはどういう意味だ」

(てい)王には既に、水軍都督として名の知られた(しょく)将軍がいます。当然、(てい)王に付く水軍は全て(しょく)将軍の下に置かれることになるでしょう。その時、あなたの立場はどうなるでしょうか」

 白約楽(はくやくがく)がぴしゃりと指摘すると、それまで悠然と構えていた龍嵐児(りゅうらんじ)が、黙り込んでしまった。

 白約楽(はくやくがく)はさらに畳み掛けた。

(しょく)将軍の下で冷や飯を食らわされるぐらいなら、まだましかもしれません。なにしろ、あなたは随分と彼を苦しめましたからね」

「だが、それは(えい)も同じ事だ。俺が(えい)に行ったとして、命の保証があるというのか」

「しかし、少なくとも(えい)にはもう蜀果(しょくか)は居りません。水軍都督の地位は空いているのです。それに、たとえ敵対した人物でも潔く降るなら、それ相応の待遇をすることは既成の事実です」

 白約楽(はくやくがく)の言葉に、自分たちの大将がどう答えるかと、龍嵐児(りゅうらんじ)の部下の顔が、一斉に彼のほうを向いた。

「暫く時間をくれ。半刻後に返事をする」

 龍嵐児(りゅうらんじ)はそう言い残して、船の中へと引きこもってしまった。


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