第三十六章 比禁、白貂娘と面会する 1
晁雲が白貂娘の部屋を訪れると、そこには陽長公主も一緒にいた。
「王次傅、先日頼まれた例の件ですが、先程、返事を頂けたので持ってまいりました」
そう言いながら、晁雲は一通の手紙を差し出した。
「あら白貂娘、雲さんに何を頼んだの。手紙なんて怪しいわね」
陽長公主はすぐに、二人の会話に口を挟んだ。
「怪しくはありませんよ。ただの私的な手紙です」
「恋文とか」
迂闊に相手にすると、太子との約束が無意味になると考えて、白貂娘はすぐに話をそらした。
「その話はもうよしましょう。晁主簿、無理を言って申し訳ありませんでした」
「どういたしまして。ところで、王次傅に会いたい、と言う人がいるのですが、会っては頂けないでしょうか」
それを聞くと、白貂娘にあっさり話題をかわされて、少し不機嫌になっていた陽長公主は、彼を冷やかした。
「雲さん、いつから白貂娘の取り次ぎ役になったのかしら」
「はい。そのうち、整理札でも発行しないといけないかもしれません」
陽長公主は晁雲の軽口を聞いて、大いに笑った。
「それで、白貂娘に会いたがっているというのは、だれなの」
当然、晁雲も誰彼構わずに取り次ぐはずはない。とすると、著名人か、彼の親友ということになる。陽長公主は誰が来るのか、その事に関心があった。
「白雲先生……比禁殿です」
その名前を聞いて、白貂娘は驚いたが、陽長公主は急に笑い出した。
「流浪の詩人と聞いていたけど、白貂娘の見物に来るなんて、案外、俗物なのね」
その発言は、晁雲の内心を射抜いた。
「流浪の詩人だから無欲だというのは、一種の偏見ですよ。むしろ、強烈な欲望を隠すために、無欲の人を装う人だって、歴史上、数多く存在しています」
晁雲の反論は、結果的に彼女の意見を認める形となった。
「そうね。私には詩のことは判らないから、あとは白貂娘に任せるわ」
陽長公主はそう言い残すと、立ち上がって部屋を出た。
彼女が廊下に出ると、そこには初老の男が立っていた。陽長公主はすぐに彼が比禁であると悟ったが、無視して立ち去ろうとした。
しかし彼は、その背中に向かって声を掛けた。
「公主、あなたが聡明な方で、俗物を毛嫌いされる気持ちは判ります。しかし、それはあなたが私のような者の苦労をご存じないからです。私の様な者にも、自尊心はありますが、それだけで生きることはできないのです」
陽長公主は一瞬、動きを止めたが、またすぐに歩き出し、振り返りもせずに立ち去った。




