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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第三部 南行編
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第三十六章 比禁、白貂娘と面会する 1

 晁雲(ちょううん)白貂娘(はくちょうにゃん)の部屋を訪れると、そこには陽長(ようちょう)公主も一緒にいた。

(おう)次傅、先日頼まれた例の件ですが、先程、返事を頂けたので持ってまいりました」

 そう言いながら、晁雲(ちょううん)は一通の手紙を差し出した。

「あら白貂娘(はくちょうにゃん)(うん)さんに何を頼んだの。手紙なんて怪しいわね」

 陽長(ようちょう)公主はすぐに、二人の会話に口を挟んだ。

「怪しくはありませんよ。ただの私的な手紙です」

「恋文とか」

 迂闊に相手にすると、太子との約束が無意味になると考えて、白貂娘(はくちょうにゃん)はすぐに話をそらした。

「その話はもうよしましょう。(ちょう)主簿、無理を言って申し訳ありませんでした」

「どういたしまして。ところで、(おう)次傅に会いたい、と言う人がいるのですが、会っては頂けないでしょうか」

 それを聞くと、白貂娘(はくちょうにゃん)にあっさり話題をかわされて、少し不機嫌になっていた陽長(ようちょう)公主は、彼を冷やかした。

(うん)さん、いつから白貂娘(はくちょうにゃん)の取り次ぎ役になったのかしら」

「はい。そのうち、整理札でも発行しないといけないかもしれません」

 陽長(ようちょう)公主は晁雲(ちょううん)の軽口を聞いて、大いに笑った。

「それで、白貂娘(はくちょうにゃん)に会いたがっているというのは、だれなの」

 当然、晁雲(ちょううん)も誰彼構わずに取り次ぐはずはない。とすると、著名人か、彼の親友ということになる。陽長(ようちょう)公主は誰が来るのか、その事に関心があった。

白雲(はくうん)先生……比禁(ひきん)殿です」

 その名前を聞いて、白貂娘(はくちょうにゃん)は驚いたが、陽長(ようちょう)公主は急に笑い出した。

「流浪の詩人と聞いていたけど、白貂娘(はくちょうにゃん)の見物に来るなんて、案外、俗物なのね」

 その発言は、晁雲(ちょううん)の内心を射抜いた。

「流浪の詩人だから無欲だというのは、一種の偏見ですよ。むしろ、強烈な欲望を隠すために、無欲の人を装う人だって、歴史上、数多く存在しています」

 晁雲(ちょううん)の反論は、結果的に彼女の意見を認める形となった。

「そうね。私には詩のことは判らないから、あとは白貂娘(はくちょうにゃん)に任せるわ」

 陽長(ようちょう)公主はそう言い残すと、立ち上がって部屋を出た。

 彼女が廊下に出ると、そこには初老の男が立っていた。陽長(ようちょう)公主はすぐに彼が比禁(ひきん)であると悟ったが、無視して立ち去ろうとした。

 しかし彼は、その背中に向かって声を掛けた。

「公主、あなたが聡明な方で、俗物を毛嫌いされる気持ちは判ります。しかし、それはあなたが私のような者の苦労をご存じないからです。私の様な者にも、自尊心はありますが、それだけで生きることはできないのです」

 陽長(ようちょう)公主は一瞬、動きを止めたが、またすぐに歩き出し、振り返りもせずに立ち去った。


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