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国なき娘~白貂娘異聞~  作者: いちたすいち
第三部 南行編
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第三十五章 磁計侃、白貂娘について論ずる 1

 その日、穣丘(じょうきゅう)の街は朝から活気に満ちていた。

 街の中心部にある広場には、前日から大掛かりな試合場が設けられ、その日に行われる事になっていた出し物を見るために、既に多くの住民が集まっていた。

 もちろん、出し物とは白貂娘(はくちょうにゃん)呂厳(りょげん)によって行われる親善試合のことである。

 試合は午後を予定していたが、試合場の周囲には多くの露店も出ており、まるで何かの節句のような賑わいを見せていた。


 外の様子を見てきた甜憲紅(てんけんこう)がそう説明すると、白貂娘(はくちょうにゃん)は溜息を吐いた。

「では、私は祭りの見世物、という訳ね」

「あら、構わないじゃない。どうせあなたには、勝つ気はないんでしょう。真剣勝負をするのでないなら、お祭りの見世物と変わらないもの」

 陽長(ようちょう)公主の返事に、白貂娘(はくちょうにゃん)は驚いた。自分が負ける、という事は、太子や大司馬(だいしば)など、一部の人しか知らないはずであり、陽長(ようちょう)公主にも知らされていないはずだったからである。

 事実、甜憲紅(てんけんこう)陽長(ようちょう)公主の言った意味が分からず、目を白黒させた。

陽長(ようちょう)公主、それは」

 白貂娘(はくちょうにゃん)が問いただそうとすると、陽長(ようちょう)公主は軽く逸らかした。

「知らないわよ。ただ、そう思っただけ。気にしないで。私はただ楽しめれば良いのだから。あなたも弱音なんか吐かないで、楽しむつもりでないと、持たないわよ」

 そう言われては、白貂娘(はくちょうにゃん)も何も言えなかった。


「道化師は道化を演じ、観客は道化に見入る。

 観客は道化師に踊らされ、道化師は観客と共に踊る。

 観客が踊りを間違えると道化師は踊り直し、

 道化師が踊りを間違える時、観客は道化師を追い出す」


「なんですか、それは」

 突然、陽長(ようちょう)公主が朗々と声を上げたので、白貂娘(はくちょうにゃん)の支度の手伝いをしていた甜憲紅(てんけんこう)は、思わず聞き返してしまった。

「何でもないわ。私も詩を作ってみただけよ」

「変な詩ですね」

「そうね。変な詩ね」

 黙ったままの白貂娘(はくちょうにゃん)を放っておいて、陽長(ようちょう)公主と甜憲紅(てんけんこう)がそんな会話をしていた。


 甜憲紅(てんけんこう)は変な詩だと言ったが、白貂娘(はくちょうにゃん)には陽長(ようちょう)公主が何を言おうとしているのかが分かった。

 恐らく、陽長(ようちょう)公主が何も知らない、と言ったのは、知らされていない、という意味であろう。彼女の詠んだ詩から考えると、その持ち前の洞察力で、この街で起きる事について、おおよその見当を付けているようであった。

「道化師には、自分の踊りを楽しむ余裕はないでしょう。ただ、自分の出番が終わる時を待つだけです」

「あら、そうかしら。前に私が会った事のある舞妓は、自分の芸を見てもらう事に、喜びを感じていたわ。道化師だって、実力があれば、それくらいの余裕はあるんじゃない」

「実力とは、客観的なものではないでしょうか。道化師が自分には実力があると思っていても、観客がそれを認めなければ、その道化師は喜びを感じるでしょうか」

「本当の実力があれば、認めてくれる人もいるはずよ。後は、その人が自分の実力を信じるかどうかだわ」

「お二人はなぜ、そんなに道化師の話をされるのですか」

 陽長(ようちょう)公主と白貂娘(はくちょうにゃん)の道化論議に水を差したのは、甜憲紅(てんけんこう)だった。

 二人は我に帰ったように彼女を見たが、すぐに陽長(ようちょう)公主が笑いながら答えた。

「そうね。可笑しいわ。なんで道化師の話で盛り上がったんでしょう」

 もちろん、二人は文字どおりの道化師について話していたのではない。しかし、甜憲紅(てんけんこう)には、まだそこまで言葉の裏を読み取る事はできなかった。

 判らないならば、判らないままの方が良い事もある。陽長(ようちょう)公主はそう考えて、話を逸らかした。


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