第三十四章 白約楽、王蘭玉へ仕事の依頼をする 3
高遂といえば、開砂どころか南華きっての大侠客だった男である。
さらにいうと彼の扱っていた商品は塩であるが、本来、塩は官製品であり、彼は密売で稼いでいたのである。
国が分裂していたときは、その対立の間を縫って勢力を保っていたが、南華が統一されたことにより瑛との利害対立が明確になった。
白約楽自身はうかつに手をつければ大きな騒動になると考え、時間をかけて勢力を弱めるつもりであったが、瑛の国益的にそうもいかず、さらに劉監が手早く彼を捉える算段をつけてしまったため、やむなく彼の処分を決めたのだった。
「高遂の養子だったのか。何故もっと早くそれを掴めなかったんだ」
「頭の切れる男だと言っただろう。巧妙に正体を隠していたんだ。むしろ、正体が判った事を誉めて欲しいくらいだよ」
そう言われて、白約楽も少し落ち着きを取り戻した。
「確かにそうだ。相手の正体が判ったなら、それはそれで対処のしようはある。最悪の場合でも、この街を落とされさえしなければよい話だ」
落ち着きを取り戻した白約楽は、かえっておどけたような口調になった。
「むしろ、奴が他の者ではなく程王を選んでくれた事に感謝すべきだな。頭が切れると言ったが、人を見る目はないようだ」
「奴は瑛という国に復讐したいだろう。程王の反乱の成否にかかわらず、この国の力はそれだけ弱まる。まあ、せいぜい気を付けてくれ」
「そうするとしよう。俺も少しは働かんといけないようだ。羊策、すまないが、お前にももう一働きしてもらおう」
「約楽の人使いの荒さはいつもの事だ。気にしないよ。それで何をするんだ」
「慶州で住民の扇動をしてもらいたい。沢関は、程王が兵を挙げたなら、必ず渓雷族に兵を借りて、慶州に攻め上るはずだ。そこで、彼らが沢関に呼応するように仕向けるんだ」
「なるほど、一働きだな」
白羊策は皮肉を言った。慶州で住民を扇動せよとは、国に対する反逆行為に等しい。ちょっとやそっとの仕事ではないのである。
「もちろん、下準備はできている。本来なら放っておいても良かったのだが、重傑の動き如何では、必要以上に反乱の勢いが強まる可能性がある。現場で気付かれないように、舵を取る必要が出てきた。そして、これはおまえにしかできない」
「そこまで買ってくれるとは有難いね。ただし、失敗しても文句を言わんでくれよ」
「文句を言えればまだよい。下手をすればお前を見捨てなければならないし、最悪の場合は白家全員が粛清される可能性もある。失敗は許されないと思って、がんばってくれ」
「気軽に言ってくれる。まあ、せいぜい努力するよ」
白羊策はそう言い残して白約楽と別れた。
念願の外出が叶った法詠華は、久しぶりの余暇を存分に満喫した。白貂娘との会話も弾み、王蘭玉の案内を茶化しては怒られるのも楽しかった。
楽しい時は経つのが早い。既に白約楽と約束時間した時間が迫っていた。
「ああ、今日は楽しかったわ。これでこそ、南華まで来た甲斐があったというものよ」
法詠華は満足そうに高穣寺の裏口をくぐろうとした。
「詠華様、少し中で待っていてください」
白貂娘は先に中に入った法詠華に断ると、改めて王蘭玉に向き直った。
「姉さん、水賊の龍嵐児という人をご存知ですか」
小声で尋ねると、王蘭玉は怪訝な顔をした。
「ああ、こういう仕事だからね。知らぬ仲じゃないよ」
「恐らく、近いうちにその人の元へ行くと思います。その時に、これを渡して頂きたいのですが」
そう言いながら、白貂娘は一枚の古びた布切れを手渡した。
「なんだい、これは」
「龍さんに渡して頂ければ判ります。お願いできるでしょうか」
「別に構わないけど、今のところ、彼に会う予定はないよ」
「大丈夫です。姉さんが会わないのなら、私にも会う機会はないでしょう」
王蘭玉には、白貂娘の言葉の真意を把握できなかったが、それでも彼女の頼みは引き受ける事にした。
白貂娘が王蘭玉に別れを告げ、高穣寺の裏口に消えると、通りの向こうから一人の男が王蘭玉に近づいてきた。
「蘭玉さん、少しよろしいですか」
「何だい、私はもう、あんたに用はないよ」
「そう突っかからないでください。実は、もう一仕事して頂きたいのです」
彼女に近づいた人物、白約楽は、そう頭を下げながら言った。
「またなにか悪巧みを考えているんだろう」
「そんな事はありません。ただ、秘密を要する仕事なので、蘭玉さんにしか頼めないのです」
「そりゃまた、なんだい」
「ある品を、一人の男の元へ届けて欲しいのです」
「運び屋をやれってか。それで、その荷物は。誰に運ぶんだい」
「前丞相を、水賊の龍嵐児の元へ」
王蘭玉はそれを聞いて、言葉を失った。




