第三十四章 白約楽、王蘭玉へ仕事の依頼をする 1
陽長公主法詠華は、穣丘についてから、退屈で死にそうであった。といっても、何もやる事がない訳ではない。むしろ、彼女の予定はびっしり詰まっている、といっても良いほどであった。
地元の豪族達にとって、今回は中央との繋がりを強めるまたとない機会である。
もちろん、次の皇帝となる太子を招待できるなら最高であるが、既に予定の固まっている太子を招待する事は、中堅の豪族達には難しい。
しかし、太子の同腹の姉が同行しているのである。彼らがその存在を見逃すはずもなかった。彼女の穣丘での予定が、街に着いた時点で、ほとんど決まっていない事を知ると、我も我もと近づきを求めてきたのである。
陽長公主も立場上、そうした誘いを断る訳にはいかなかった。しかし、彼女は都では有名な人見知りであり、そうした接待が大の苦手であった。
そしてそのような時、彼女は珍しく自分の夫を頼もしく思った。
陽長公主の夫である回循粛は、彼女にとっては「変化に欠けた、面白味のない人」であった。しかし、それは彼が慎重で堅実な性格であることの裏返しであった。
しかも、彼は「面白味のない人」であるどころか、中原では高名な詩人であり、南華の文化人にも劣らない才能を持っていたのである。
そして回循粛自身も、妻の落ち着きのない性格と、接待嫌いを心得ており、常に彼女がそうした席で目立たないように、気を配ってくれていた。そしてまた、法詠華も夫のそうした心遣いを知っており、感謝もしていた。
結局、彼女にとって「面白味のない人」ではあっても、大事な人である事に間違いなかったのである。
それでも、毎日のように歓迎の宴席に招かれる以外、他にやることがないという事が、彼女には耐えられなかった。
なぜなら、彼女が巡幸に付いて来たのは、そのような歓迎を受けるためではなく、もっと色々なものが見てみたかったからである。旅の間は景色を楽しむ事ができたが、穣丘についてからは、碌に出歩く事もできない、というのが不本意この上なかった。
その彼女の不満は、白約楽と強引にした約束が、果たされないまま七日目を迎えた事で、その彼に向けられていた。
「まったく、諌議士は約束を守る人だと思っていたのに、何をしているのかしら」
陽長公主は自分の寝台に寝そべって呟いた。
その時、扉を叩く音がした。
「公主、私です。約楽です」
その声を聞くと、陽長公主は跳ね起きて扉を開いた。
「遅いじゃないの。今日はもちろん、先の約束を果たしに来たのでしょうね。だめだといっても、一人でも出かけるわよ」
陽長公主が一気に捲し立てると、白約楽は宥めるように押さえた。
「残念ながら、私は用事があるので付いて行く事はできません。公主の事は、次傅にお願いしてあります」
白約楽にそう言われて、彼の後ろに白貂娘がいることに始めて気が付いた。
「そうなの。確かに諌議士と一緒よりは、白貂娘の方が楽しいわね」
「公主は今日、次傅と一緒に高穣寺へ行っている事になっています。和尚とも話は付いていますので、高穣寺へ行って、そこの裏口から出てください。夕方までに、高穣寺に戻って来るようにしてくださいよ」
「判ったわ。大丈夫。安心して」
陽長公主は直ぐに準備に取り掛かった。




