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第8話 奴隷の火傷を治してあげる真祖

 次にファーティマとコンラートが訪れたのは魔術用品を扱う店だ。 

 魔術契約に必要な筆記用具を購入するためである。


 幸い、魔術契約に必要なインクそのものは聞く限りでは材質はさほど変わらない。

 問題になったのは紙のほうだ。


 「ねえねえ、コンラートさん。これは何?」

 「木草紙だよ。羊皮紙に比べると脆いが、安価に作られるし、何より薄い。だから本なんかはこの紙が使われるんだ」

 「何で出来てるの?」

 「詳しくはしらないが、植物を溶かして固めて作られてるらしいぞ」

 「へぇー」


 四千年前の記録媒体と言えば、羊皮紙か、パピルスか、粘土板である。

 特に粘土板はポピュラーな記録媒体だった。

 

 「まあ、羊皮紙かな……」


 慣れないものを使うよりは勝手の分かるものを使った方が良いと、ファーティマは判断した。

 

 次に魔法薬の店に行く。

 だが……


 「うーん、効果の低いポーションばっかりだね。本当にここが一番のお店なの?」

 「まあな……というか、もしかしてその女の子の傷を治すつもりか? 時間の経った火傷なんて、治せるポーションはないぞ? 超高級品なら別だが……」

 「そうなの? うーん」


 どうやらポーションを作る技術に関しては、四千年の間に随分と退行してしまったようだ。

 ファーティマは溜息をつく。

 あまり得意ではないが、自分で作るしかない。


 さすがに薬草の種類は不変のようで、ファーティマの見知ったものばかりだ。

 もっとも品揃えは非常に悪い。


 ファーティマの都にあった薬屋は、どこもここの十倍以上の品が並んでいた。


 但し、幸いなことに傷を治す薬を作るための薬草ならば全て揃っていた。

 ファーティマはそれらを購入する。

 

 羊皮紙やインクなども合わせて、金貨二枚の出費になった。


 その後、コンラートに手伝ってもらい宿屋まで羊皮紙やインク、薬草を持ち運ぶ。

 部屋まで運んで貰ってから、ファーティマは頭を下げた。


 「ありがとう、付き合って貰っちゃって。何か、困ったことがあったら教えてね。お礼をしたいから」

 「はは、その時は宜しく頼むよ」


 コンラートは軽く片手を上げて、去っていった。

 その後ファーティマは宿屋の店主に奴隷を買ったことを伝え、追加料金を払った後、水浴び用の水を用意して貰う。

 

 その間に少女と共に部屋に入り……

 ファーティマは魔術契約の準備を始めた。


 まずファーティマはナイフで軽く手を斬ってから、その血で『甲』と書く。

 次に少女にナイフで手を斬らせてから、『乙』と書かせる。


 問題になったのはファーティマが書くのは古代文字であり、少女には書けないということだが……

 『乙』という文字を教えるだけだったので、その問題は簡単に解決した。


 それからファーティマはさらさらと羊皮紙に筆を走らせる。


 『甲は乙に以下の魔術契約を申し込む。


 一つ、乙は甲が秘するように申し立てたことを決して丙(甲、乙を除く生物、生命を指す)に伝えてはならず、また伝えようと何らかの手段を考え、実行してはならない。


 二つ、乙は甲が秘するように申し立てたことが丙(甲、乙を除く生物、生命を指す)に知られないように、最大限の努力をすること。


 三つ、乙は甲が秘するように申し立てたことが丙(甲、乙を除く生物、生命を指す)に知られたことに気が付いた時は、必ず甲にその旨を可能な限り迅速に伝えること。


 四つ、乙は甲の奴隷(ここでは社会的・文化的・法的な身分を指す)である限り、甲の下から逃亡を企ててはならず、また社会的・肉体的な害を及ぼそうと企ててはならない。


 五つ、甲は乙の傷(ここでは本契約を結ぶ前にできたものを指す)を治癒することに最大限の努力をすること。


 六つ、甲は乙が甲の奴隷(ここでは社会的・文化的・法的な身分を指す)である限り、その衣食住を可能な限り最低限保証し、その生命の保護に最大限の努力をすること。


 七つ、甲と乙は以上の六つの契約と矛盾する魔術契約を丙(甲、乙を除く生物、生命を指す)と結ぶことはできない。


 八つ、以上七つの契約は甲と乙の魂に刻まれ、その優勢順位は他のいかなるモノよりも優先されるものとする。


 九つ、以上八つの契約は甲と乙の両方が破棄に合意するか、どちらか一方が死亡、または十年以上の意識不明になった時に自動的に破棄されるものとする。


 十、本契約は甲が乙に読み上げ、乙がそれに同意した段階で結ばれる。


 十一、本契約は以上の全てである。


 乙は甲からの以上の魔術契約を受け入れる』


 自分の書いた『甲』と少女に書かせた『乙』を埋めるように、ファーティマは契約を書いた。

 文章は特殊なインクで、『甲』『乙』だけは双方の血で書かれている。


 書き終えた後、ファーティマは契約を少女に対して伝えた。

 契約には『自分の命令には絶対服従』とは書き込まなかった。


 これは人の行動をあまり縛るのが好きではないという理由からだ。

 また命令を守ることが必ずしもファーティマの生命を救うとは限らない。


 ファーティマを救うために命令を破らなければならない状況はいくらでもあり得るため、ファーティマは敢えてそれを盛り込まなかった。

 まあ、ぶっちゃけファーティマからすると血液さえ吸えればどうでもいいのだ。


 「それで受け入れてくれるかな? 一応、対価としてあなたの火傷を治すことも盛り込んだんだけど」

 

 ファーティマがそう言うと少女は驚いたように右側の目を見開いた。

 少女は小さく頷く。


 すると羊皮紙が発火し、青白い炎を上げた。

 そして塵も残さず、消えてしまう。


 「契約は成立せり、それと……今日はいろいろと連れ回って、悪かったね」


 ファーティマは少女にそう謝ってから水浴びをしてくるように促した。

 汚れたままでは傷が悪化するし、それに食欲も失せてしまう。


 その間にファーティマはポーションの調合を始める。

 もうすぐ理力を補給できるので、もう節約する必要はない。


 理力をガンガン魔力炉に注ぎ込み、魔力を生成する。

 手っ取り早く魔術を使って薬草を粉砕し、混ぜ合わせる。


 そして……


 「隠し味に私の血液を、ね」


 吸血族の生命力が高いのはその血液に傷を治す効力が含まれているからだ。

 本来は本人にしか効かないが、いくつかの薬草と混ぜ合わせ、そして特殊な錬金を行えば強力なポーションを作成できる。


 注意しなければいけないのは、吸血族の血液を摂取すると吸血族になってしまうことだ。

 解毒剤を混ぜれば、可能性は限りなく下がるが……ゼロではない。


 ただそれは普通の吸血族の血液の話である。


 真祖であるファーティマの血液は、それ単体(・・)では摂取した者を吸血族にさせることはできないのだ。

 そもそも厳密に言えばファーティマは吸血族ではない。


 ファーティマは吸血族全ての祖ではあるが、吸血族ではないのだ。

 

 吸血族は人間の一種類だが、ファーティマは人間ではなく……

 半神半人だ。


 蛇神、神竜に連なる大地の地母神の一柱である母と、神殺しの古代人種の父との子供がファーティマである。


 ファーティマは吸血族の真祖ではあるが、吸血族ではなく、大地の地母神か、または古代人種か、もしくは神竜、蛇神に分類する方が、学術的には正しい。


 さて、ポーションとただの薬の違いはそこに魔力が込められているか、否かである。

 当然込められる魔力の質や量、そして込め方によって品質に差が出る。


 「私、あまり得意じゃないんだけどね。まあその辺は材料の質、私の神としての血でカバーするということで」


 そんなことを言いながら薬に鼻歌を歌いながら魔力を混ぜていく。


 「まぜー、まぜー、美味しくなあれ~」


 歌詞は無茶苦茶だが、女神の血を引くだけあって、歌そのものは上手い。

 まあその分歌詞の酷さが際立っているが。


 「よし、かんせー! ファーティマちゃんの血液入りポーションの出来上がり!」


 そんなことを言いながらファーティマはポーションを瓶に詰める。

 そして立ち上がり、少女を呼びに行こうとして……


 ドアの前で少女が固まっていたのに気付く。

 髪が濡れているところを見ると、水浴びは済ませてきたようだ。


 「あー、見てた? 聞いてた?」」


 ファーティマが尋ねると少女は申し訳なさそうに首を小さく振った。

 ファーティマは照れ笑いを浮かべてから、手招きし……服を脱がせる。


 「さて、治療を……その前に理力の補給をしないとね」


 ファーティマはそう言ってから周囲を確認し、誰の視線もないことを確かめると、少女の首筋に牙を埋めた。

 少女はあまりに突然のことに体を強張らせ、そして自分が血を吸われているという事実に恐怖し、目の前の吸血鬼の存在に怯えた。

 ファーティマは優しく少女の髪を撫でながら、血を吸う。


 「ふぅ、理力の質の良い処女の血はやっぱり最高だわ……うん、美味しかったよ。おかげで二パーセントまで回復した。ああ、そうそう……このことは、私が吸血族、いわゆる吸血鬼であることは秘密ね?」


 ファーティマがそう言うと、少女は怯えた表情で頷いた。

 魔術契約に定められた通り、ファーティマが秘密と言ったことを少女は口外出来ない。


 それからファーティマは気を取り直して、火傷を確認する。


 火傷は左側の前頭部から耳、顎、そして首元まで広がっている。

 問題なのは癒着してしまっている部分だ。


 「痛いかもしれないけど、我慢してね」


 ファーティマはそういうと、バッサリと顎と首の皮を斬ってしまった。

 血が噴き出るが、それはすぐさま治癒の魔術で繋げてしまう。


 出来てすぐの傷なら、治癒はさほど難しくはない。

 

 癒着した部分を剥がしてから、ファーティマは自作したポーションを塗りたくる。

 そしてそこに治癒の魔術を掛ける。


 治癒魔術はファーティマの得意とするところだ。

 大地の地母神には人々を癒す力があり、ファーティマにもそれは受け継がれているのだ。


 この程度の火傷跡、完治させるのは容易い。

 さらに薬を飲ませてから、治癒の魔術を喉に掛ける。


 「さて……できた。どうかな? 以前の顔に戻ってると思うけど」


 ファーティマはそう言って手鏡を少女に見せた。

 それを見た少女の表情が固まる。


 「あ、あ……な、治ってる……それにしゃべれる!」


 少女は驚きの表情を浮かべ……そして嗚咽を堪えるように泣き始めた。

 今まで我慢していた涙が溢れ出る。

 やはり顔の火傷は相当辛かったのだろう。


 ファーティマはクリスの髪を撫でる。


 「それは良かった。そうそう……治癒は決して万能じゃなくてね、体力を消耗するんだよ。だから寝た方が良いよ」


 ファーティマはそう言って少女に睡眠の魔術をかけて、眠らせた。

 そして少女をベッドに横たわらせる。


 「さて……あの子の服を買わないとね。そう言えば、名前を聞いてなかったね。まあ、後で教えて貰えば良いかな」


 ファーティマは呟いてから、少女に必要な日用品を買いに街に出かけた。


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