第6話 四千年のカルチャーショックを感じる真祖
「まさか吸血族が迫害対象になっているとは……」
ファーティマは一人、溜息を吐いた。
ファーティマが今いるのはコンラートが勧めてくれた宿屋である。
綺麗なシーツがあるベッドと、美味しい食事つき。
何よりも防犯がしっかりしているから女の子が一人で泊っても大丈夫。
と、親切にも右も左も分からないファーティマに紹介してくれたのだ。
コンラートたちは非常に良い人達である。
だからこそ、その“良い人”であるコンラートたちが、吸血族、いや『吸血鬼』に対して「害虫」だとか「蚊モドキ」とか「絶滅すればいい」などというのが信じられなかった。
「まあ差別意識と親切かどうかは関係無いか……」
ファーティマは四千年前に戦った因縁の相手、『黒の真祖』を思い出した。
『白の真祖』ファーティマと『黒の真祖』ハサン。
この両者が争ったのは思想の違いだ。
四千年前の世界では最強の種族は吸血族であった。
ファーティマとその一派の吸血族たちは全種族の平等を謡い、一方でハサンとその一派は絶対的な強者である吸血族がその他の種族を奴隷にしても良いと主張した。
両者は決裂し、結果世界を二つに割る戦争となった。
最終的にファーティマはハサンを打ち倒して全種族の王になったが、あまりにも傷が深かったため、勝利を見届けてからすぐに眠りに入ったのだ。
ハサンは他種族を奴隷にし、殺しても良いと考えるような差別主義者だったが、同胞の吸血族に対しては優しかった。
「しかしあれだけ強かった吸血族が何故……うーむ」
とはいえ、自分は真祖である。
吸血族の生んだのは自分であり……極端に言えば全ての吸血族は自分の子供も同然だ。
それが迫害対象となっているならば、真祖として、いや霊長の王として救済しなければならない。
全種族、の中には当然吸血族も含まれているのだ。
だがまあ、それはそれとして……
「血液、どうしようかな……」
血が無ければ吸血族は生きていけない。
それは如何なる吸血族も同様であり、真祖であるファーティマも例外ではない。
何らかの手段で血液を得なければならないが、血を吸えば自分が吸血族だと知られてしまう。
「取り敢えず、外でも見て回ってこようかな」
少なくとも血を吸わない限りはバレない。
まずは情報収集だ、とファーティマは割り切った。
「うーん。銅貨が百枚で銀貨一枚、銀貨が十枚で金貨が一枚か。違和感があるなあ」
銀よりも金の方が価値がある、というシステムにはイマイチ実感が持てない。
長らく金よりも銀の方が価値のある時代に生きていたのだ。
「それにしても豊かだね」
ファーティマは市場に並ぶ商品を見て呟いた。
ファーティマの宮殿の近くにも市場はあったが、ここまでたくさんの商品は並んでいなかった。
「この鋳造貨幣の発明のおかげか、いや逆かな? 商業が盛んになったから、鋳造貨幣は産まれたのかな?」
四千年前にも一応、貨幣は存在した。
もっともそれは秤量貨幣であり、砂金や固められた銀などがそのまま使用されていて、鋳造貨幣のように一定の重さと純度が定められて、流通していたわけではない。
また布や綺麗な貝殻なども、貨幣として流通していた。
つまり物々交換の延長でしかなかったのだ。
「まあ、取り敢えず日用品を揃えよう。最低限、服は必要だしね」
現在ファーティマが着ているのは、ファーティマに襲い掛かった男たちの服の繊維を奪い、錬金術で編んだものである。
一応服としての機能は満たしているが、可愛いとはお世辞にもいえないし、耐久性も怪しいところがある。
それに下着も穿いていない。
「まずは下着から見るかな?」
ファーティマは下着専門店に入る。
そこには色とりどりの下着(?)が売っていた。
「へぇー、下着に色をつけるなんて物好きがいるんだね。誰に見せるわけでもないのに」
いや、見せる相手がいないのは自分だけか……
ファーティマは少しナーバスな気分になったものの、下着を選ぶ。
「しかしいろいろあるなぁ……」
四千年前の下着、と言えば取り敢えず布を巻いただけ、という感じだった。
素材は亜麻か羊毛、高級品で絹という感じだ。
しかし今、ファーティマの目の前には色、材質、デザインが異なる様々な下着が陳列している。
こういう生命維持に不必要なお洒落に気が周る、ということはそれだけこの時代が豊かだということだ。
(衣服に関する魔術も進んでるのかな?)
ファーティマはそんなことを考えながら、下着を眺める。
「うわぁ、これ凄い」
中にはそんな材質でできているのか分からないが、スケスケだったり、履いても大事なところが見えてしまうようなデザインのものもあった。
未経験のファーティマには少々、いやかなり刺激が強い。
「でも基本は四千年前と変わらないね」
ファーティマは胸に着けるであろう下着を手に取った。
胸が揺れたりするのを防ぐような下着は四千年前もあり、基本的な形は変わらないようだった。
ファーティマは妙な安心感を抱く。
「しかしこのAとかBとかCっていうのは、何のランクだろう?」
ファーティマは首を傾げた。
まさか冒険者ギルドのランクとは違うだろう。
「私はAランク冒険者だけど……、うん、これだと小さすぎるね」
まるで入らない。
論外である。
Bも手に取ってみるが、これも入らなそうだ。
ファーティマがいろいろ悩んでいると、見かねたのか店員がいろいろと教えてくれた。
結果、ファーティマは体のサイズに合う白い絹の下着を四日分、購入した。
絹にしたのは一番着慣れているからである。
次にファーティマは服を買いに行った。
衣服は下着以上に様々な種類があった。
「どれにすれば良いか、分からない……」
四千年前は家臣たちが用意した服に袖を通していたため、服に悩んだことは殆ど無い。
ただ一つ言えることは、ファーティマ自身は自分の服を選ぶセンスを一切信用していないことだ。
餅は餅屋だと考えたファーティマは店員を呼び、丈夫で可愛い服を上下四日分ほど選んでくれと頼んだ。
「他に何か、ご要望はありますか?」
「うーん、マントも欲しいかな? この辺は砂埃が激しいし。だからマントに合う感じの服を」
「分かりました」
容姿だけは一級品の美少女のファーティマだ。
店員としても容姿の優れた人物に服を着て欲しいのか。大喜びで衣服を選び、ファーティマに宛がう。
「お客様、どうですか?」
「う、うん……その……」
「どうしましたか?」
「足がさ、出てるんだけど……」
膝丈程度のスカートを履かされたファーティマは少し恥ずかしそうに言った。
四千年前では、脚が見える服を着るのはその手の職業の人間だけであった。
ファーティマも当然、ロングスカートなど脚が完全に隠れるような服を着ていた。
「別に珍しくもありませんよ? お恥ずかしいのであれば、別のをお選びしますが……」
「い、いえ……これで良いです」
だが街を歩く女性を見る限り、脚を出すファッションは別に珍しくもなんともないようだ。
店員がわざわざ選んでくれたのだ。
それを断るのも忍びないし、それに早く今の時代の価値観に慣れる必要がある。
果たして脚を出すことによって、四千年のギャップが埋まるかは謎だが。
ともかく店員の勧めに応じて服とマント、そして煽てられて靴を購入したファーティマは気分よく、店から出たのであった。