第5話 まさかの事実にショックを受ける真祖
四千年。
それは千年×四であり、または百年×四十である。
そして四年×千でもある。
つまり尋常じゃないレベルで大昔、ということだ。
「よ、四千年? 本当に四千年?」
「四千年だが……それがどうかしたのか?」
言い間違えだった僅かな可能性に縋り、ファーティマは再度尋ねるが……
それはあっさりと否定されてしまった。
「そうか、四千年……四千年なのね」
ファーティマは溜息を吐いた。
確かにファーティマが戦った黒の真祖は強く、その一撃は如何に『限りなく不死に近い不死性』を持つファーティマでさえも、致命傷になり得るものであった。
復活に四千年の時間が必要になったのも無理は無い。
(まあ、寝過ごしちゃったものは仕方がないか)
ファーティマはあっさりと受け入れた。
そんなことをいつまでもくよくよと悩んでも仕方がない。
それに四千年後の世界を見て回るというのは、それはそれで楽しそうだ。
「ファーティマ様」
「あ、はい」
「これをどうぞ。Aランクソロ冒険者である証明です。決して無くさないでください」
ファーティマは受付嬢から金のプレートを受け取った。
Aランクの魔物を倒したことで、Aランク冒険者として認められたようだ。
審査はかなりガバガバのようである。
手続きを終え、ファーティマと男性剣士は立ち上がった。
男性剣士はファーティマに提案する。
「せっかくだし、依頼の受け方を説明しようか?」
「お願いします」
四千年後の世界のことは全く分からない。
ファーティマとしては少しでも情報が欲しかったので、その提案をありがたく受け取った。
「そうそう……お互い名乗ってなかったな。俺はBランクユニゾン冒険者のコンラートだ。これでも一応、パーティーのリーダーだ。よろしく」
「あ、すみません……名乗るのを忘れていたなんて。私はファーティマです。えっと、Aランクソロ冒険者? ということになるんですかね。あの、ソロとかユニゾンって何ですか?」
ファーティマが尋ねると、コンラートは頷いた。
「ソロは個人での実力、ユニゾンはパーティーでの実力だ。ユニゾンはチーム戦になるから、個々のランクは低い。俺はソロだとCランクだ。ぶっちゃけ、ソロでAの嬢ちゃんはバケモンだ。きっと本部の方に期待の大型新人が現れたって情報がすぐに行くと思うぜ」
「ええ……目立つのは嫌なんですけど」
「大丈夫だ。ギルドはかなり緩い組織だからな。いつでも抜けようと思えば抜けるし、特に義務はないさ」
コンラートに言われて、少しだけファーティマは安心した。
霊長の王であることはできれば隠したい。
自由に伸び伸びと四千年後の世界を観光したいのだ。
「そうそう……ランクの意味はさすがに分かるよな?」
「実力ですよね? えっと、ABCの順番に高いという認識で良いですか? A以上はありますか?」
「一応Sランクってのはある。制度上はないけどな。Aランクの枠を大きく超えた魔物とかが出た場合は『A級範囲外所謂S級』という呼称が用いられる。他にも『災害級』だとか、『伝説級』だとか、『特級』だとか……まあ呼び名は人それぞれだ。所詮、俗称だからな」
CBAと来て、何故突然Sに戻るのだろうか?
と、ファーティマは疑問に思ったがなんとなく突っ込んではいけないような気がしたので、そこは流した。
「さて、これが依頼ボードだ」
ファーティマはギルドの一角にあった、大きな掲示板に案内された。
そこにはびっしりと紙が貼り付いている。
「依頼をしたい場合は受付嬢に申請すれば、ここに貼って貰える。依頼を受ける場合はここの紙を剥がして、受付嬢に持って行けばいい」
「この推奨ランクというのは?」
「そのままの意味だ。あくまで推奨だから、それ以上を受けるのは自由だぜ。ちなみに一応安全マージンとして、出てくる魔物は一つしたの級だ。つまりBランク推奨の場合はC級の魔物が相手だ」
「一番上のAの場合は?」
「それは受付嬢から注意説明がある。つまり実際はB級相当か、本物のAか、ってな。だから安心して……そもそも嬢ちゃんには関係無いな」
ファーティマは苦笑いを浮かべた。
もしあの金色のお化けサソリがAだとするならば、Aなんて大した相手ではない。
(それにしてもあれ、本当にAだったのかな?)
ファーティマはふと疑問に思った。
とても物凄く強い生き物には思えない。
あれならファーティマが戦ったことがある竜の方がまだ強いくらいだ。
二流程度の魔術師でも倒せるザコ虫が果たして、最上ランクのA級なのだろうか?
ファーティマは悩んだ末にこのような結論に達した。
(分かった! 多分、コンラートたちと受付嬢は勘違いしたんだ!)
そうに違いない。
きっとA級魔物に非常によく似たC級魔物か、もしくはA級魔物と同じ種類だが突然変異か何かでとてつもなく貧弱でC級レベルの能力しかなかったんだろう。
まあ、どちらにせよファーティマ自身は自分のA級という評価に関しては疑問を感じていない。
これでも世界最強の魔術師であり……
そして最高の人間、最低の神である。
「Aランクの依頼って、ありますか? いえ、まだ受けないですけど……参考までに確認だけはしたいなと」
「うーん、Aランクなんてそうそうないからな。例えば……これなんてどうだ? 吸血鬼討伐。報酬金貨十枚」
「へぇー、吸血鬼……討伐?」
吸血鬼、というのは食人種吸血族に対する蔑称であり、差別用語である。
『白の真祖』としては吸血鬼というワードは非常に不愉快だが、それはこの際置いておこう。
討伐って、何だ?
「えっと、倒すんですか? 吸血族を?」
「そりゃあ、そうだろ。何言ってるんだ」
ファーティマの背中に冷たい汗が伝う。
嫌な予感がする。
「その、例えばですよ? そこに吸血族がいたとします。……どうしますか?」
「例えばか……まあ、確かに吸血鬼はそこら中に潜んでいるからな。油断ならない。もしその吸血鬼が大したことのない個体だったら、討ち取るな」
「……強かったら?」
「応援を呼んで倒す」
倒すしか選択肢ないじゃん。
ファーティマは高鳴る心臓の動悸を押さえながら、尋ねた。
「えっと、話し合いで和解するという選択肢はないですかね?」
「吸血鬼と? まさか……そんなことあるわけないだろ。吸血鬼を見たら即、殲滅。それがギルドの方針、というより世界の常識だぞ。まあ、吸血鬼を雇用するような気狂い君主がいるとは聞いたことあるが」
最後に青白い顔でファーティマは尋ねた。
「あの、霊長の王の種族って何だと思いますか?」
「俺は人族と習ったぞ? まあエルフはエルフ族と主張してるし、ドワーフはドワーフ族って主張してるけど」
「……吸血族という可能性は?」
「まさか! それは霊長の王の敵じゃねえか。そんなことあるわけない!」
ファーティマは深い溜息を吐いた。