第24話 何かの目覚めを感知する真祖
ある酒場でファーティマはコンラートと共に食事をしていた。
コンラートが奢ってくれるというので、ほいほいついて来たのだ。
「まあ、取り敢えず三流魔術師には仕立て上げたよ」
約一か月の猛特訓の成果をファーティマはコンラートに報告する。
男性魔術師と女性魔術師はげっそりとした表情をしている。
「おう、ありがとう……ところで嬢ちゃんのいう三流魔術師って一般的にはどれくらい?」
「さあ? でもB級の魔物程度なら何とかなるんじゃない? A級は厳しいけど」
二人は才能ではクリスに大きく劣っていた。
まあ、無いことは無いレベル。というのがファーティマの評価だ。
クリスの才能を千とするならば、二人は三十だろう。
もっとも多くの人は十以下程度なので、それでもそれなりに才能はある方だ。
四千年前ならば、ちゃんと努力して師に恵まれれば二流魔術師にはなれる程度の才能はある。
但し一流魔術師になるには、寿命が足りない。
あと数百年は欲しいところだ。
魔術は結局のところ、才能に依存する。
理力や魔力は最悪、どこから持ってくることができるが……
魔術式を組み立てる才能が無ければ話にならない。
二人にはその才能が絶望的に欠けていた。
こうなるとファーティマもお手上げだ。
一応、公式をいくつか教えたが……ちゃんと使いこなせるか怪しいところだ。
詠唱法に頼っていた生徒が、まともに公式を利用して数学の問題を解くのは難しい。
それと同じだ。
もっとも、それでも魔力炉を扱えるようになったため、これからは今まで以上に多くの魔術を放ち、そして今まで扱えない魔力消費の激しい魔術を扱えるようになった。
つまりそれだけ戦闘能力は増していると言える。
(こう考えると詠唱法はやっぱり偉大な発明だわ……)
ファーティマは自画自賛する。
言い方は悪いが、あの程度の才能のなんちゃって魔術師が、それだけの戦闘能力を発揮できるのだ。
しかも詠唱と魔術式を暗記するだけで。
詠唱法が無ければ、人類はとっくに魔物に滅ぼされていただろう。
今、人類が生き残っているのはファーティマの発明した詠唱法のおかげである。
叩かれた時は本気で泣いたのだが、あの涙は決して無駄ではなかった。
ファーティマにフルボッコにされた軍神の犠牲も無駄ではなかったのである。
もっともファーティマはクリスに詠唱法を教えるつもりはない。
クリスは一流魔術師、いやそれ以上になれる逸材だ。
初めから詠唱法に頼らせるような教育を施すつもりはない。
ああいう手抜きやズルはまともに基礎ができるようになった人間が初めてやるべきである。
初心者が最初からあれに頼ると、それ以外でのやり方ができなくなる。
ちなみにクリスは魔術師としてはまだ三流だが、ファーティマの教えた近接魔術戦闘によりAランク冒険者に手が届くレベルにまで成長している。
身体能力強化と重力操作はかなり上手くなっているので、そろそろより効率的な魔力炉の使い方と、他の魔術の公式を教えるつもりでいる。
「ああ、そうそう……私が教えた技術は人に教えないでね。私が教えたっていうのもダメだから」
「分かってるよ。というか魔術契約で縛ったじゃねえか」
「まあね」
ファーティマはコンラートたちのパーティー全員と魔術契約を結び、技術を秘匿することを約束させた。
人間界の均衡が崩れることを恐れたのだ。
現代は確かに魔術が衰退している。
だがそれを前提とした文明が栄えているのだ。
ファーティマは何も考えずに科学知識や魔術を広めると、現代の経済や社会のシステムが根底からひっくり変える恐れがある。
それは間違いなく、戦乱を巻き起こすだろう。
別に人間が好き勝手に戦争することを咎めるつもりは毛頭ないが、わざわざ騒動の原因を作るほどファーティマは迷惑な人間(神?)ではない。
それに冥界にいる方の大叔父の仕事が増えると可哀想だ。
(そう言えばお兄様は冥界にいるのだろうか?)
行ってみたら会えるかもしれない。
今度、暇があれば顔でも出すかとファーティマは決めた。
「そう言えば、コンラートたちって活動拠点を移すんだっけ?」
「ああ。西の方に行こうかと思ってる。嬢ちゃんも来るか?」
「私はまだやることがあるからね」
まだファーティマは『刃の無い剣』を回収していない。
あれを回収しないと本当に不味いのである。
というのも祖父から借りる時の条件は「一日中胸を揉ませる」ことだったが、担保は別に存在するからだ。
もし『刃の無い剣』を無くした場合、ファーティマは祖父に貞操を捧げる約束になっていたのである。
まあ神殿にあるのは確定しているので、無くしたわけではなく、祖父に貞操を捧げることにはならなそうだが、あの祖父のことである。
これ幸いにと無茶苦茶な言い分で迫ってきそうだ。
今まで軍神の叔父や性愛の神の従兄に迫られた時は拳で対応できた。
だが祖父は洒落にならないレベルで強いので、さすがのファーティマも抵抗できる自信がない。
というか、絶対に抵抗できない。
本気になれば世界を滅ぼせる男に抵抗などできるはずがない。
(代わりにクリスを寄越せとか言いそう……というか、絶対に言うわ。お爺様なら)
孫として可愛がってもらってきたし、祖父としては割と好きなのだ。
そして神としても尊敬できる。
だが何しろ倫理観が神なので、人間としてはゴミクズ以外に形容しようがない。
しかし本当に怖いのは祖父ではないし、祖父に抱かれることではない。
抱かれた後である。
祖父の正妻であり姉、父の継母に当たる人物である。
この婆さん(と言ったら殺されるので絶対に言わない)が本当に怖いのだ。
嫉妬深いこと、この上ないのである。
ファーティマは祖父の正妻から見ると、夫の愛人の孫であり、しかも最愛の息子(軍神)と孫(性愛の神)を誑かし―勝手に惚れて強姦しようとしてきたのはそちらなので別にファーティマは悪くないのだが―、加えてタコ殴りにした暴力女狐である。
もしファーティマが祖父とそういう関係になれば、怒り狂うこと間違いない。
奈落の底まで逃げても追いかけてきそうだ。
しかもこういう時に祖父はまるで頼りにならないのである。
ファーティマは不死に限りなく近い不死、つまり不完全な不死で死ぬときは死ぬのだ。
まだ死にたくはない。
というか、死ねるだけマシかもしれない。
死んだ方がマシなレベルの呪いをかけられる可能性すらある。
「あのさぁ、コンラートさん。『刃の無い剣』って、どう交渉すれば返……貰えるかな?」
「い、いや……無理だろ、さすがに」
コンラートは苦笑いを浮かべた。
そう、やっぱりどう仲良くなったとしても聖遺物を譲ってもらえるはずが無いのだ。
(こうなったら盗むか?)
あまり取りたくない手段だ。
元々ファーティマのものなのだから奪っても別に問題はないのだが、法的にはやはり問題がある。
「いっそ後回しにしちゃおうかな……」
ファーティマは呟いた。
ここにあると既に分かっているのだ。
要するに祖父と鉢合わせしなければ良いのだ。
天上界にいるのだから、目立たないように行動すれば分からないはずである。
ファーティマが悩んでいると……
「ん? これは……」
「お、おお!?」
カタカタと机が揺れ始めた。
いや、机だけではない。
建物全体が揺れている。
そして数秒後……
「おお、揺れてるねぇ~」
「ひ、ひぃ……じ、地震? な、何だ!!」
大きな揺れがファーティマたちを襲う。
コンラートを含め、ファーティマ以外は恐怖に顔を引き攣らせている。
「うん、しかし強い揺れだね。これは良くない」
「お、おい!! 嬢ちゃん、危ないぞ!!」
ファーティマは揺れを一切気にせず、歩いて建物の外に出た。
そして地面に手に触れる。
「静まれ」
地震のエネルギーを手から吸収する。
するとピタリと地震は止んだ。
そして掌を何度も開いたりしながら呟く。
「震度は四くらいかな? マグニチュードは五ちょっとだね」
ファーティマは周囲を見渡す。
石造りの建物の多くは無事だが、一部の木造建築に被害が出ている。
「百人、二百人くらいかな? 火災が起きなければ」
ファーティマは目を瞑り、冥福を祈った。
できれば被害は最小限に止まって欲しいところだ。
「クリスは無事かな? 一度宿に戻らないと……」
一先ずコンラートに別れを告げようと、再び建物に入ろうとしたその時。
ファーティマは気付いた。
「北か」
今の地震が良くなかったのか、そもそも今の地震がそれによるものなのかは分からない。
だが面倒なものが長い昼寝から目を覚ましてしまったようだ。
「じょ、嬢ちゃん!? 無事か?」
「ああ、コンラートさん。丁度良かった。今からちょっと、北門の方に行ってくるよ。コンラートさんはまず冒険者ギルドに行って、伝えてくれない?」
マントを翻し、ファーティマは言った。
「神竜の類が起きたって」
それとほぼ同時に大地を揺るがすような轟音が響いた。
それは北の方からだった。
「あちゃー、もう来ちゃったかな? じゃあそういうことだから。あ、そうそう……クリスもよろしくね?」
「お、おい!? 嬢ちゃん? い、いったい何なんだよ……」