第21話 自分の神殿にお参りに行く真祖
翌日、ファーティマとクリス、そしてコンラートとその仲間たちは霊長の王神殿に参拝することになった。
ヴァハンから情報を得たファーティマは善は急げと神殿に向かうつもりだったのだが、試しにコンラートを誘ってみたのである。
そうしたらコンラートも「そう言えば最近、行ってないな。たまには参拝するか」と乗り気になり、全員で訪れることになったのだ。
「しかしいつの時代も神殿ってのは丘の上にあるんだね」
ファーティマは背中に酒の入った壺を背負いながら、階段を歩く。
コンラートを含め男たちは自分たちが運ぶと主張したのだが、一応付き合って貰っているということと、そして一番力があるのはファーティマである、ということでファーティマは譲らなかったのだ。
「しかしご主人様、ご主人様がご主人様にお供えをするというのもおかしな話ですね」
クリスは小声でファーティマに言った。
ファーティマは苦笑いを浮かべる。
「まあねぇ……私を崇めてくれている神官さんたちへのお礼と思うしかないね」
この酒は間違いなく神官たちが消費することになる。
神が神官のために酒を運ぶというのも、可笑しな話だが。
さて長い階段を上り、ようやく神殿の全貌が見えてくる。
白い大理石を主な建築材として使用されたこの神殿は巨大で、そして壁には一面にレリーフが彫られていた。
これにはファーティマも少しだけ嬉しい気分になる。
祭られて嬉しくない神はいない。
「建築様式は知らないけど……ねぇ、これって実際、他の神殿と比べて大きいの?」
「さぁ、詳しいことは知らないが。霊長の王は様々な種族から信仰を集めているし、他の神々と比べてもかなり巨大な方じゃないか? 十二神と比べても優るとも劣らない程度には、人気だし」
十二神。
神々の王、絶対神である天空神を頂点に、その兄弟姉妹や子供で構成される十二の神々。
天と地と海、そして天上界と人間界、それら全てを包括する宇宙全体の秩序を司る。
神々の中でも有数の神格の高さを持つ。
この十二神に匹敵するのは冥界の王と王妃、そして天空神の親の世代であり、戦争で敗北し奈落に閉じ込められた巨神たち程度だろう。
但し、勘違いしてはいけないのは神格の高さがイコールで強さに結びつくわけではない。
例えば天空神の息子、ファーティマの叔父に当たる軍神は殴り合いでファーティマに負けるレベルで弱い。
もしファーティマと軍神が本気で殺し合いをすれば、限りなく不死に近い不死であるファーティマと完全なる不死の軍神の勝負なので、最後には軍神が勝つだろうが……
軍神の方が痛みに耐えかねて、尻尾を撒いて逃げるのがオチだろう。
他にも竈の女神や愛の女神など、明らかに荒事に向いていない神がいる。
当然、彼女らもファーティマには勝てないだろう。
とはいえ、神格の高さで言えば間違いなくファーティマよりも格上だ。
その神々と優るとも劣らないほどの信仰を集めている、というのは実に良い気分だ。
ファーティマは思わず顔をほころばせた。
さて、一行は神殿の中に入る。
その後神官長の案内で奥へと連れていかれ、そこで酒を奉納する。
適当に祈ってから……
ようやくファーティマは本題に入った。
「神官長さん、ここに霊長の王の聖遺物『刃のない剣』があるって聞いたんだけど、見せて貰っちゃダメかな?」
「ふむ、まあ構わないが……霊長の王に興味があるのかね?」
神官長は髭に触りながら尋ねた。
ファーティマは頷く。
「私、ファーティマっていう名前なんです。それで興味があって」
「なるほど、なるほど。良いでしょう、見せて上げます」
神官長はそう言ってファーティマたち一行を更に神殿の奥深くまで案内する。
霊長の王に興味を持つファーティマに機嫌を良くしたのか、神官長は楽し気に話し始めた。
「この神殿は霊長の王の死後、つまり紀元四百年頃に建てられたものであると言われております。現存する霊長の王神殿の中でも一、二を争う規模であり、そしてその他の神々の神殿の中でも有数です」
なんと、三千六百年ほど前の代物のようだ。
これにはコンラートも知らなかったようで、驚いた表情を浮かべる。
クリスが尋ねた。
「どうしてそんな昔の建物が残っているんですか?」
「ふむ、お嬢さん。良い、質問だな。……といっても我々は理由は分かっても、原理そのものは分からないのだがね。理由の一つとしては当時この辺りには霊長の王の後継国家があり、非常に強い王権を持っていたというのがある。当時は今よりもずっと、中央の権力が強く、人や財を集約的に運用することができた。だからこそ、これほどまでに丈夫で巨大な建築物を建てられたのだ。二つ目の理由は魔術の衰退にある。何らかの魔術によって維持されているのは分かるのだが……我々には皆目見当がつかないほど、高度だ」
ファーティマは神殿の壁や柱に視線を移す。
なるほど、確かにこれはかなり高度な魔術である。
大理石の壁の中には魔力結晶が埋め込まれており、それが立体的に繋がって、巨大な魔法陣を描いているのだ。
維持に必要な魔力は地脈から汲み上げられている。
だがあくまで現代と比べて、の話だ。
四千年前、ファーティマが生きていた神代と比べると話は変わる。
(私の時代と変わらない、いやそれどころか少し劣るね)
ファーティマの宮殿の方が遥かに高度な魔術が掛けられている。
当時最高の魔術師たちが総力を結集して作ったのは確かだが、しかしこの神殿の方が四百年新しいのだ。
ならば四百年分は魔術の技術が進んでいてもおかしくないはずだ。
つまり四百年前の時点ですでに魔術の衰退が起こっていたと考えられる。
そんな話をしながら奥へと進む。
厳重に掛けられた鍵をいくつも解除した先に、それはあった。
「これが霊長の王の剣、通称『刃のない剣』です。霊長の王宮殿の遺跡の奥深くて発見されたもので、かの吸血鬼の王を討ち取った剣であると言われております。……刃の方は失われておりますが」
神官長は台座の上に安置されていた『刃のない剣』を見せた。
それを見たコンラートたちの反応は微妙なものだった。
というのも、どう見てもただの柄でしかなかったからだ。
確かに美しい宝石が嵌め込まれてはいるが、柄そのものは錆びて、緑色に代わってしまっている。
クリスはファーティマを見上げる。
ファーティマは……
笑っていた。
そしてクリスの視線に気付き、頷いて見せた。
「これ、本物なのか?」
コンラートが思わず漏らした。
するとファーティマは言う。
「本物だよ、うん、間違いない」
さて、『刃のない剣』の存在を確認したファーティマは考える。
ファーティマの祖父は「一日中胸を揉まさせてあげる」というそれだけの条件であっさりと貸し出してくれたが、目の前の神官に胸を揉ませてやると提案しても、絶対に返してくれない。
それどころか激昂するだろう。
だがさすがに盗む気にはなれない。
(……となると、仲良くなって信用して貰うしかないね)
ファーティマは神官長に言った。
「あの、神官長さんは大昔の歴史にお詳しいのですか?」
「ええ、まあ……職業柄、神聖文字の解読をしたりしますから」
ファーティマは神官長に詰め寄る。
「あの、私歴史に興味があるんです。お教えいただくことはできませんか?」
そう言って上目遣いで頼む。
ついでに少しだけ『魅了』の力を使う。
すると神官長は髭に触りながら頷いた。
「ふむ……そこまで言うのであれば、少しお教えしても構いません。しかし今は時間がない。後日、私の研究室に来て頂けますか?」
「はい!!」
この四千年間に何があったのかを知る、良いチャンスだ。