第20話 腕相撲の再戦をする真祖
「な、何だおめぇ、や、やんのか? 受けて立つぞ!!」
「うん? 腕相撲、もう一度したいの? やりたいなら良いけど」
別にファーティマには人間を虐めるような趣味はないのだが、受けて立つというのであれば吝かではない。
勝負事は結構好きだ。
ファーティマはノリノリで風呂から上がり、床にうつ伏せになり肘を付けた。
そして男に言う。
「ほら」
「……」
男は周囲を見回した。
客の視線が集まっている。
元々、横暴な態度で浴場に入ったこともあり目立っていたのだ。
そこに裸を隠そうともしない美女が接近し、腕相撲をやろうというのである。
人目を集めないはずがない。
「ば、バカを言え。やるわけないだろ」
男は首を振った。
ファーティマの腕力が尋常じゃないことは男も分かっている。
この場には噂好きの女たちが大勢いるのだ。
もしこの前のような大敗北をここでしたら、翌日には街中の噂になるだろう。
女に腕相撲で負けた男、と。
しかしここで大きな声が浴場に響き渡った。
「ええ、やらないのぉー。女の子相手に勝つ自信がないんだぁー、Aランク冒険者って大したこと、ないんだねぇー」
「こ、このガキ!!」
大声で叫んだのはクリスだった。
この前、絡まれたのを未だに根に持っていたのだ。
クリスの声で余計に視線が集まる。
さらに「あの人、普段は威張り散らしているのに腕相撲は怖いの?」「そう言えば、聞いた? 女の子相手に腕相撲で負けたらしいよ」「もしかしてあの子に?」「再戦する勇気もないんだぁー」などと、女たちがひそひそと話し始める。
「ええい、分かった! やりゃあいいんだろ!!」
こうなったら自棄だ。
男は風呂から上がり、ファーティマと手を組んだ。
そして……
まあ、結果は前回と変わらない。
唯一変わるところがあるとすれば、回転しながら湯舟に落ちた点である。
腕相撲が終わった後、ファーティマは男の肩を叩く。
「まあまあ、そんなに落ち込むことはないって。この街じゃ、一番強い人間なんでしょ?」
「……一番はあんただろ」
男の言葉にファーティマは苦笑いを浮かべる。
半神半人を人間にカテゴライズするか、神にカテゴライズするかは判断に迷うところだ。
「くそ、お前どういう体してるんだ……」
「どういう体も何も、衣服一枚着ずに裸体を晒しているけど?」
「……そういう意味じゃない」
男は溜息を吐いた。
どうやら目の前の少女には常識というものが通用しないらしい。
「体と言えば、あなたは良い体をしているね」
「は、はぁ? 急に何を言い出すんだ」
「いや、だから体が綺麗だって言ってるの。しっかりしたバランスの良い筋肉がついてるね。日頃からコツコツ努力している証拠だよ」
だからこそ、身体能力強化の魔術がお粗末なのが惜しい。
と、ファーティマは心の中で付け足した。
「うん、だから自信を持って良いと思うよ。他人の評価なんて、どうだって良いじゃない。大切なのは自分に自信を持つことだよ」
「あ、ああ……そうだな」
自分を励ましていることに気付いた男は曖昧な返事をした。
無視するにはバツが悪く、かと言って礼を言うほど素直になれなかった。
「そう言えば名前、聞いてなかったね。何て言うの?」
「お、お前グイグイ来るな……」
距離を詰めてくるファーティマに男は困惑の表情を浮かべる。
改めて確認するが、ここは公衆浴場であり、混浴である。
そして男は無論、ファーティマもすっぽんぽんだ。
そして湯舟は透明なただのお湯である。
つまり全部見える。
大事なことなのでもう一度言うと、全部見えるのだ。
「何で俺がお前に名前を教えなきゃいけないんだ」
「やだなぁ、互いに肉体をぶつけあった仲じゃない(腕相撲で)」
「何言ってるんだ、お前は!」
男は慌ててファーティマの口を押える。
だがすでにもう遅く、完全に男とファーティマが性的な関係にあるという噂が立ち始めた。
「もがもが、何か問題あったの?」
「大有りだ、このバカ女!」
実はこの男、複数の女性と性的な関係を結んでいた。
当然、それぞれの女性に対して「君だけが俺の太陽だ(今だけは)」と言っていたのである。
不味い、非常に不味い。
「ねぇねぇ、それでお名前は?」
「……ヴァハン、Aランク冒険者だ」
「そう、私は……」
「ファーティマだろ、知ってるよ」
ヴァハンはそう言って溜息を吐き、天井を仰ぎ見た。
しかし天井にも“ファーティマ”がいたため、ヴァハンはより深い溜息を吐いた。
本当に面倒な相手に喧嘩を売ってしまった。
「ヴァハンってさ、Aランク冒険者なわけじゃん?」
「そうだが……」
「じゃあさ、いろんな街とかに行ったことあるんだよね?」
「まあそれなりには……それがどうした?」
ヴァハンは若干イライラしながら対応する。
先程からファーティマの所為でアレがアレなことになっており、アレな気持ちを抑えるのに精一杯なのだ。
「霊長の王ファーティマに纏わる神殿とかって、世界にどれくらいある?」
「そんなのどこにでもあるだろ。世界中の種族が『霊長の王は俺たちと同じ種族だ』とか『この地が生まれだ』なんて主張して、そこら中に神殿を立てているよ」
どうやらファーティマは世界中で大人気のようだ。
そうなると少し面倒なことになる。
神殿の数が多いほど、ファーティマの私物がある場所の候補が増えるからだ。
「霊長の王の聖遺物が安置されてる神殿ってどれくらいある?」
「本物かどうかは知らないが、どの神殿も『うちの聖遺物は本物だ』って主張してるだろ。バカみてぇだよな。霊長の王って言っても、死人だろ? 死人の服なんて何がありがたいのやら。しかも世界中にあるその布切れを集めると、とんでもないデカさになるって話じゃねえか。……そう言えば巨人族が『世界中の霊長の王の服の布を集めると巨大になるから霊長の王は巨人族』って主張してたな。本当にバカみてぇだ。そう思わないか?」
「まあ、確かに布切れには大して価値はないかもね」
ファーティマの着ていた服はこれといって、特別なものではなかった。
今の時代の服の方が上質なくらいだ。
「じゃあさ、聖遺物の中でもより信用性の高いのが安置されているのはどこ?」
「さあ? 俺は学者じゃねえからな。だけど……そう言えば、この街にもデカイ神殿があるぞ。霊長の王のな。近くに霊長の王の宮殿だったと言われてる巨大遺跡があるわけだし、当然と言えば当然だが」
「そうなの!? ここの聖遺物は何?」
ヴァハンは天井の絵を指さして答える。
「ほら、霊長の王が持ってる剣、あるだろ? 霊長の王が吸血鬼の王を討ち取った時に使った、霊長の王の剣だ。でも本物かどうかは分からねぇぞ? 何しろ刃の部分がなくて、青銅製の柄だけしか残ってない。まあ、黄金に輝き、どんな敵をも切り裂く刃、なんてものがあるわけないからな。どうせ、神官共が作った偽物だろ」
ヴァハンの言葉を聞き、ファーティマは思わず笑みを浮かべた。
刃の無い剣。
間違いない、それはファーティマが祖父から借り受けた神器だ。
案外身近なところにあった。
「ありがとう、ヴァハン。あなた、結構良い人だね。また今度腕相撲しよう」
「二度と腕相撲なんかするか! 話は終わりか? とっとと失せろ」
ヴァハンに言われ、ファーティマに笑みを浮かべて立ち上がった。
ヴァハンは思わず怒鳴った。
「バカ野郎! 少しは隠せ!!」
「ん? 別に私、人に見られて恥ずかしいところは無いんだけど……不快だった? それは申し訳ない。女の子の体が嫌いなんて、変わってるね? あ、もしかして……うん、なるほど!」
「おい、待て! 何がなるほどだ!!」
ヴァハンは慌ててファーティマの肩を掴もうとする。
しかしヴァハンの手がファーティマの肩を掴むことは無かった。
近くで話を聞いていたクリスが大きな声で言ったからだ。
「へぇー、ヴァハンさんって男の人が好きなんだぁー、初めて知った」
「こら、クリス。そういうのは大きな声で言っちゃいけないの。人には人の趣味があるんだから。ほら、行くよ。……ごめんね、ヴァハン」
「おい、てめぇ! ふざけんじゃねえぞ、おい!!」
ヴァハンは大慌てでファーティマに訂正させようとするが、ここでヴァハンの仲間が慌ててヴァハンを止める、
「あ、兄貴。ダメです」
「おい、何でだ!」
「そんなに必死に否定したら余計に……」
そう言われ、ヴァハンは唇を噛みしめた。
そして小声で「覚えていやがれ……」と呟いた。
今更遅いが。
ファーティマ「ところでコンラートさん」
コンラート「どうした、嬢ちゃん」
ファーティマ「何でみんな前屈みになってるのかなぁ?」
コンラート「そ、そりゃあ……隠すためだよ(主に嬢ちゃんの所為だぞ)」
ファーティマ「……全然隠せて無いし、そもそも隠す必要ってあるの? 堂々と胸張って歩けばいいのに。そりゃあ目の前に見せつけられて感想求められたら、大きいですねしか言えないけど」
クリス(神様ってみんなこんななのか……だから神話の内容があんなに酷いのね)




