第2話 いろいろと勘違いする真祖
「ふぅ……一パーセントといったところかな? まあ十分だね」
血を吸い終えたファーティマはまず理力を体内で疑似生成した人工器官、魔力炉に注ぎ込んだ。
理力を燃やし、これを魔力に変換する。
魔力炉を使用せずとも魔力に変換することは可能だが、それだと非常に効率が悪い。
魔力炉を使用するのは魔術師としては常識だ。
魔力炉を使えるようになって、初めて三流魔術師になれる。
ファーティマは生成した魔力を心臓と血管、血液を使って全身に満たす。
渇いていく体が潤っていく。
「さて、服を作るか」
ファーティマは男たちから服をひっぺ剥がし、その繊維を解き、女性用の服に編み直していく。
十分もすれば全身を覆うローブが完成した。
その他にも靴なども作り、ファーティマはようやく全裸を卒業した。
そして最後に踵まで伸びている髪を鎖骨の位置で切る。
「あまりこういうのは得意じゃないんだけどね」
ファーティマは苦笑いを浮かべた。
ファーティマは戦闘は得意だが、錬金術などの後方支援魔術は不得手とする。
ぶっちゃけ身体能力強化して硬化させた拳で殴る方が得意だ。
まあそれでも一流以上にはできるのだが。
あくまでトップにはなれない、程度の話だ。
もともとファーティマの「できる」「できない」の基準は常人を遥かに超えている。
半身が神たるファーティマに人間の尺度が通用しないのは当たり前と言えば当たり前だが。
さらにファーティマは気絶した男たちの荷物を漁る。
何か、役に立つものはないか……
「何、これ? 銀?」
男のポケットから、ファーティマは不思議なものを見つけた。
それは円状の銀の塊だった。
「銀と銅の合金だけど……こんなに薄く伸ばして、何に使うんだろう? ポケットの中じゃあ、装飾品にもならないし」
ファーティマは首を傾げた。
よくよく観察すると、人の顔のようなものも彫ってある。
「なるほど、お守りか!」
ファーティマはポンと手を打った。
きっとこの男性の故郷か、それともこの辺り一帯では銀を円状に錬金して、お守りとして携帯するのだろう。
ファーティマはそう結論付けた。
「お守りなら奪うのは可愛そうだね」
ファーティマはその銀をポケットにしまい、さらに物色を続ける。
「こ、これは!!」
ファーティマは驚愕の声を上げた。
ファーティマを驚かせたのは、男性が腰に携帯していた鉄製のサーベルだった。
そう、鉄である。
あの、鉄だ。
金や銀と同等、それ以上の価値があるとされる鉄だ。
「す、凄い……実は彼、とても身分が高い人だった?」
考えてみると、金よりも価値が高い銀を僅かだがポケットに入れている段階でかなりの富裕者だ。
ファーティマもいくつか銀の装飾品を持っていたが、多くは金に銀めっきを施したものばかりだ。
しかし服装を見る限り、そこまで身分の高い人物のようには見えなかった。
ファーティマは暫く考え……やはり自分で勝手に納得し始めた。
「分かった! きっと魔術師の数が多いか、それとも技術が発展したからだ!」
錬金術には架空錬金と実物錬金そして創造錬金の三種類がある。
金や銀、青銅、そして鉄を生み出す錬金術は実物錬金に属する。
ファーティマが先程、服を編んだのも実物錬金の一つである。
実物錬金は元素と元素を引き離し、再構築する技術なのだ。
そして元素と元素の結びつきが強ければ強いほど、実物錬金の難易度は上がる。
金属加工の場合は融点の高さと難易度は原則比例すると考えて良い。
金、銀、青銅、鉄の場合は……
青銅、銀、金、鉄の順に難易度が上がる。
ただし金が砂金など、高純度で自然金として産出するのに比べて、銀は砂銀として産出することは少ないため、実質的には金と銀では金の方が作りやすい。
また鉄も鉄鋼石から鉄を作りだすのと、隕鉄から作り出すのでは難易度が天地ほど違う。
そして青銅や金、銀は人の手でも加工できるが、鉄は人の手では加工できない。
鉄鉱石から鉄を取り出せるのは錬金術に長ける魔術師だけだ。
その他諸々の事情などを加味した結果、価値は鉄、銀、金、青銅の順になる。
銀や金よりも価値の高い鉄が平然と使用されている。
その理由をファーティマは錬金術師の数と質が向上したからだと考えた。
鉄は確かに難易度は高いが、鉄鉱石として地球上にいくらでも転がっている。
鉄を簡単に錬金する技術が確立されれば、その価値は一気に暴落するだろう。
まあ、ぶっちゃけファーティマくらいの魔術師になれば鉄を作るのはさほど難しくはない。
ただ鉄を作るのに莫大な魔力を使用するくらいならば、その魔力で別のことをした方が効率が良いのが実情だ。
故に鉄はその需要は高かったが……
鉄を作れる魔術師は鉄を作る労力で別のことをした方が人の役に立ち、逆に未熟な魔術師は鉄を全く作れない。
もし金や銀のように装飾品としての価値があれば皆、作っただろうが、鉄の価値は美しさではなく、その実用性である。
「うーむ、私も世界最強の魔術師として、うかうかしてられないな」
早く人里に下りて、この時代の魔術を学ばなければ。
ファーティマは決意を新たにした。
銀のお守りは無論、量産できるようになったとはいえそれでも金や銀程度の価値があるであろう鉄のサーベルを盗むのは申し訳ない。
ファーティマは男たちから荷物を盗むのは止めて、一人歩き始めた。
……実際のところファーティマの考察は全くの見当違いなのだが、ファーティマがそれに気づくのはもう少し先のことであった。
世界最古の鋳造貨幣は紀元前670年のエレクトロン貨なので、人類一万年の歴史を考えると割と最近