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第16話 熱烈な愛のアプローチを受ける真祖

 「ごめん、コンラートさん。あの竜、そんなに高く売れるとは知らなかったんだ」

 「いや、良いんだよ。命が助かったんだ、金なんて些細な差だよ」


 街に帰還した後、ファーティマはコンラートに誤った。

 あの紛い物の竜が、そこまで高く売れるとは知らなかった。

 もし知っていたら……


 どちらにせよあのやり方で殺してしまうかもしれない。

 それほどあの時のファーティマは感情的になっていた。


 「ところでさ、コンラートさん。もしかして竜って、魔石を体内に持つやつと持たないのがいたりする?」

 「ああ、そうだよ。よく分かったな。まあどっちも魔物で討伐対象になるけどな。どうしてか、竜の分類をするのは俺たちじゃなくて、ギルドお抱えの学者だから詳しくは知らないけど」

 「なるほどね」


 本来の竜と紛い物の竜。

 双方がごっちゃになっているようだった。


 無理もない、とファーティマは内心で思った。

 ファーティマがあの竜を紛い物であると見抜けたのは、ファーティマが地母神の血を引いており、竜の末席に名を連ねる者だからだ。


 姿形が同じではとても人間には区別できないだろう。

 生物学的な見地から考えれば分類できるかもしれないが、おそらくそのような科学的な思考は四千年の間に忘れ去られている。


 「はぁ、それにしても何なんだろうね。オークといい、あの竜といい、あのお化けサソリといい……」


 ファーティマは溜息を吐いた。

 四千年前にはあのような生き物は存在しなかった。


 もしいたらファーティマは総力を挙げて絶滅させていただろう。


 「まあ、何はともあれ……今回はありがとう。またね、コンラートさん」

 「おう、もし何かあったら声をかけてくれ。何かの縁だ、力になろう」


 こうしてファーティマとコンラートは分かれた。






 二週間後、ファーティマとクリスは防具を専門に扱っている店にいた。


 「うん、似合ってるよ。クリス」

 「そ、そうですか……」


 クリスは短いスカートを掴む。

 やはり脚が見えるファッションには慣れていないらしく、その点においてはファーティマは共感を覚えることができた。


 「あの、一つ良いでしょうか」

 「何?」

 「冒険用の服、ですよね?」


 先の冒険でかなりの収入が入ったので、ファーティマはクリスの装備を整えることにした。

 どうせなら良いものを、ということで蜘蛛の魔物の糸を利用した丈夫な服を作ってもらうことにしたのだが、その時ファーティマは「メイド服みたいなデザインで」と頼んだのだ。


 結果、二着の戦闘用メイド服が完成したのだが……


 なぜメイド服に拘るのか、クリスはファーティマに尋ねているのだ。


 「うーん、私の趣味? 可愛いから良いじゃん」

 「……」


 クリスは内心で溜息を吐いた。

 そう言われると説得のしようがない。


 中のスパッツが見えることを気にしなければ、非常に動きやすいのも事実なのだ。


 「可愛いならご主人様もメイド服を着たら如何ですか?」

 「恥ずかしいし、普段からは着たくないかな」

 「……」


 じゃあ着せるなよ。

 クリスは内心でそう思ったが、口には出さなかった。


 「そういえばご主人様も装備をオーダーメイドしたんですよね?」

 「うん、武器は拳で代用できるけど服は破れるからね。ちゃんと良いのを買わないと」


 ファーティマは大概の傷は受けた直後から再生するので、スライムに捕らわれても死ぬことはない。

 だがファーティマは溶けなくても服は溶ける。

 服はある程度、まともな物が欲しい。


 「あ、出来たみたい」


 ファーティマは店員から装備を受け取る。

 マントと手袋、皮のブーツ、そしてクリスと同様に蜘蛛の魔物の糸で作られた上下の衣服。


 (自分のはショートパンツなんだ……)


 他人にスパッツが見えるような服を着るように強制するくせに、自分は着ないようだ。

 

 「あ、あれ? これ、こんなに丈短いの?」

 「少なくともご主人様が選んだのはそういうデザインのですよ」

 「うーん、作り直しは出来ないからなぁ……仕方がない」


 しかしファッションには疎いようで、ファーティマが選んだパンツは奇しくも普段ファーティマが来ているような、そして今クリスが履いているスカートよりも遥かに短い代物であった。


 少しだけクリスは溜飲を下げた。


 「しかし困ったね、防具だけでお金が尽きちゃった。とりあえず生活費を稼ぎに行かないと」

 「節約すればもう少し持ちますよ?」

 「うん、でもやっぱり美味しい物を食べたいじゃない?」

 

 ファーティマはこう見えて美食家である。

 食事に妥協はしたくない。

 まだ食べたことのない料理もたくさんある。


 「それにね、馬欲しいんだよね」

 「馬、ですか? なぜ?」

 「乗ってみたいじゃん。私、馬乗ったことないんだよ」


 ファーティマの時代、乗馬は一般的な技術ではなかった。

 というより乗馬の必要がない。

 遠出する時は竜に乗れば良いし、最悪魔術で空を飛べばいい。


 近くに行くときは輿に乗る。


 「馬は借りられますよ。今度、お教えしましょうか?」

 「本当に? というかクリス、馬に乗れるの? 凄い!」

 「昔のことですよ」


 クリスは曖昧に笑った。

 その表情を見て、ファーティマはなんとなく、クリスの事情を察した。


 昔は馬に乗ることがあるような身分だった、ということは確かだ。

 何があって、奴隷に落ちたかは分からないが。


 興味がないわけではないが、どうしても知りたいというわけでもないので、ファーティマは深く尋ねることはなかった。


 「それで話は戻るんだけど、魔物を倒しに行かない?」

 「私としましてはご主人様がお決めになられたことに異存はありません」


 そこで二人は冒険者ギルドに行ってみることにした。







 さて、ファーティマは冒険者ギルドに用意されたテーブルとイスに座ると、向かい側にクリスを座らせた。

 ファーティマの手にはギルドから借りた『魔物図鑑』が握られている。


 「どの魔物が良いかな? 個人的にはあの竜の紛い物を絶滅させたいんだけど、クリスの練習にはならないしね」


 ファーティマは図鑑を捲る。

 図鑑には魔物の絵と解説、素材の取引価格などが詳細に書かれていた。


 「やっぱり対人戦闘を考えてオークかな?」

 「ご主人様が全滅させてしまったじゃないですか。もう生き残っていないのでは?」

 「……まあ、そうだね」


 『魔物図鑑』によるとオークは人間の女性の胎を使用して繁殖するか、または何も無いところから生まれるようだ。

 まさかの生物自然発生説にはファーティマも苦笑いを浮かべるしかない。

 自然回復するには相応の時間が掛かるようで、待っている時間はない。


 「ゴブリンなど、どうでしょうか? ご主人様」

 「ゴブリンはねぇ……積極的に殺そうとは思わないなぁ」


 確かにゴブリンは悪戯好きで、人間に対して悪さをする者も多い。

 時にはその悪戯が人間を死に追いやることもある。

 女性を誘拐し、強姦してしまうことも多々ある。


 だが必ずしも全てがそうであるわけではない……いや、むしろやり過ぎるようなゴブリンが極少数だ。

 基本的には人畜無害の妖精だ。


 それを殺すのは気が進まない。

 

 「記述を見る限り、紛い物じゃないようだし」


 魔物図鑑を読むと、魔石を持たない種、持つ種、持たないのと持つのが混在している種の三種類に魔物を分けることができる、ということが分かった。


 持たない種の代表は吸血族、持つ種がオークで、混在しているのは竜だ。

 

 持たない種はおそらく差別の対象となったことで魔物として扱われ、持つ種は何らかの神かそれに近い存在に生み出された魔物で、混在しているのは本物に非常によく似た魔物がいる……とファーティマは考察した。


 ゴブリンは魔石を持たない種。

 つまり吸血族と同様に差別の中で魔物扱いされてしまった種なのだろう。


 同情はしても、殺して金の足しにする気にはならなかった。

 

 「あ、ミノタウロスがいる。こいつは魔石を持つ種だけなのね。まあ本物は殺されちゃってるしね」


 所詮牛と人間の子供である。

 ファーティマのような不死性は持っていない。


 殺せば必ず死ぬ。

 強い力を持つだけの、ただの牛人間だ。


 「クリス、これにしようよ。ステーキ食べよう」

 「……食べるんですか?」

 「食べちゃダメなの?」


 所詮二足歩行する知性の無い牛だ。

 食べても良いじゃないか、とファーティマは言う。


 「人型だし、クリスの練習相手にも丁度いいでしょ」

 「でもB級からA級って書いてありますよ?」

 「大丈夫、大丈夫。クリスもかなり強くなってるし」


 ここ二週間でクリスは身体能力強化と重力操作を自然に行えるようになったので、ファーティマはそれを応用した近接魔術戦闘をクリスに仕込んでいる。

 クリスは想像以上にセンスが良い。


 (私の血の影響かな?)


 そもそも近接魔術戦闘を生み出したのは神と人間との間に生まれた古代人種の半神半人の英雄である、ファーティマの父である。

 その血を受け継いでいるファーティマは武術に長ける。


 その血液を治療の際に摂取したことで、クリスの体に何らかの変異を齎した可能性がある。

 神の血液、というのは何を引き起こすのか全く予想ができないのだ。


 ちなみに半神半人というのは決してハーフ、ダブルという意味ではない。

 神としての血をある程度引き継ぎ、神と人の二面性を持つのであれば半神半人と扱われる。


 ファーティマは百パーセント神の母と、五十パーセント神の父から生まれたため……

 ハーフではなくクォーターということになる。

 四分の三が神であり、四分の一が人間なのだ。


 「よし、これにしよう。ミノタウロスに関係する依頼、探してきて。私、字読めないから」


 ファーティマの命令にクリスは頷き、掲示板の方へ駆けていく。

 しばらくファーティマは待つが、なかなかクリスは帰って来なかった。

 

 ファーティマは立ち上がり、掲示板の方へと向かう。


 掲示板の前ではクリスと複数の男性冒険者が揉めていた。

 何らかのトラブルに巻き込まれたようだ。


 「うちのクリスに何か用?」


 クリスは男性冒険者たちに声を掛けた。

 すると男性冒険者たちはファーティマをジロジロ見て言った。


 「あんたがこいつの主人か? お前らだけでミノタウロス討伐依頼を受けようとしているのか? やめておけって、犯されるだけだぜ」

 「そうそう。……ミノタウロスに犯されるくらいなら、俺たちに抱かせてくれよ」


 ゲラゲラと男性冒険者たちは笑う。

 どうやら心配して言っているわけではなく、単純に馬鹿にしたいだけのようだ。


 面倒なのでファーティマはクリスに尋ねる。


 「どうしたの?」

 「私が先に依頼書を手にしたのに、この人たちが無理矢理奪おうとするんです」

 「なるほど」


 一応ルールの上では先に手にした方に権利がある。

 そのため力で強引に奪えば角が立つ。

 だから取り囲んで、『言葉』で説得しようとしているのだろう。


 「皆さん、お気遣いありがとうございます。ですが私たちに御心配は無用ですから」


 ファーティマはそう言って笑みを浮かべ、クリスの手を引いて立ち去ろうとする。

 だがその前にリーダーと思われる男が立ち塞がった。


 「すいません、あなたとは付き合えません。でも大丈夫、あなたには私よりも相応しい素敵な女性がいると思います」

 「おい、待てこら。何で俺がお前に告白したことになってんだ、こら」


 知らぬ間に告白したことになり、その上振られた冒険者が声を荒げた。

 そんな冒険者にファーティマは頭を下げる。


 「だからその、ごめんなさい!」

 「ふざけてるんじゃねえぞ、てめぇ! 告白なんてしてねぇ!」

 「照れることないのに。うん、気持ちは伝わったよ。嬉しかった」

 

 ファーティマはそう言って冒険者を慰めようとするが……

 

 「照れてないわ!!」


 冒険者は半ギレで怒鳴った。

 ファーティマは首を傾げる。


 「さっき、抱かせろって熱烈な愛のアプローチを受けたんだけど違うの?」

 「違わねぇけど、違うわ!!」


 ファーティマはこれも四千年のカルチャーショックかと、呟く。


 (いや、絶対違いますよ)


 クリスは内心で突っ込んだ。

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