第15話 紛い物に荒ぶる真祖
奥へ進むにつれて、オークの数と強さは増していった。
それでもコンラートたちは陣形を維持しつつ、次々とオークを倒していった。
……洞窟の最深部に到達するまでは。
「不味い、想定外だ……ギルドの連中、事前調査の手を抜いたな?」
最深部には大勢のオークたちと、そして三体の巨大なオーク。
そして独特の雰囲気を纏った小型のオークがいた。
「嬢ちゃん、あのでかいオーク三頭はジェネラルオーク、B級だ。そしてあのちっこいのはおそらくキングオーク、A級だ」
「どうして分かるの? 大きさ?」
「角を見ろ、嬢ちゃん。将軍は二本で王は三本だ」
なるほど、確かに他のオークと比べて角の数が違う。
それにファーティマの武人としての勘が、あの四体は他のオークとは別格だと告げていた。
「……本来なら撤退した後、ギルドに苦情を言い、違約金を払って貰う。事前調査はギルドの仕事だ。間違っていたら、俺たちは当然金を請求できる。だが、今回は嬢ちゃんがいる」
コンラートはファーティマに尋ねる。
「無理なら無理と言ってくれよ、嬢ちゃん。……イケるか? あれ」
「うん、任せて」
そういうや否や、ファーティマは地面を強く蹴った。
そして……誰もその過程を見ることはできなかった。
ただし一体のジェネラルオークの首が宙を舞ったという結果だけは確かだった。
キングオークも二体のジェネラルオークも、そしてクリスやコンラートたちもただ驚くことしかできず、硬直した。
そして二体目のジェネラルオークの首が飛んだ時、ここで初めてキングオークだけが動き出すことができた。
この場にいる者たちの中で、ファーティマの次に実力があるのは間違いなく彼であった。
キングオークの号令でオークたちは一斉にファーティマへと襲い掛かる。
それに対し、ファーティマは軽く足で地面を叩いた。
その動作を鍵として、あらかじめファーティマが練り上げていた魔術式が作動し、地面から岩の杭のようなものがファーティマを中心に、円状に突き出る。
その杭に体を串刺しにされ、三分の二のオークが絶命する。
さらにファーティマが三度、地面を足で蹴ると土で出来た大蛇が九頭出現した。
大蛇は逃げるオークたちを追いかけ、そしてその岩でできた鋭い牙で噛みつき、殺していく。
そして……
「■■■■■■■■!!」
キングオークがファーティマに飛び掛かった。
これは彼なりの合理的な判断である。
背中を見せて逃げたところで、この女に必ず追いつかれて殺される。
ならば戦うしかない。
そして戦うならば複雑な魔術を行使していて、集中力が散漫になっている今だ。
キングオークは知っていた。
魔術の行使にどれだけの集中力が必要なのかを。
故に……その判断は決して間違いではなく、もしファーティマが普通の人間であればファーティマはキングオークの剣で真っ二つに引き裂かれていただろう。
だがファーティマは普通の人間ではない。
神と人間との間に生まれた子供だ。
この程度の魔術、呼吸するのと大して変わらない。
故に……
「太刀筋は悪くないね、ただ……武器が良くないね。ちゃんとメンテナンスしないと」
右手の二本指で剣を受け止めたファーティマは笑みを浮かべて、そういった。
キングオークは剣を手放し、一目散に逃げだした。
ファーティマは地面を蹴り……一瞬でキングオークに追いつく。
そして……
「君に恨みはないけどね。運が悪かったと、諦めて」
そう言って背中に拳を叩きつける。
ファーティマの拳は決してキングオークの体に突き刺さることなく、しかしその衝撃だけはしっかりと内臓に伝え、キングオークの体内を破壊した。
『内臓潰し』と呼ばれる技である。
あっという間に数十体のオークを蹂躙しやファーティマはコンラートに振り返り、言った。
「これで良いんだよね?」
コンラートは苦笑いを浮かべていった。
「あ、ああ……しかし……何というか、さすが嬢ちゃんだぜ」
彼は笑うしかなかった。
素材を回収した一行が洞窟の外に出たときはすでに、辺りは暗くなっていた。
そのため洞窟の前でキャンプをすることになった。
「しかし……嬢ちゃんのおかげで、大儲けだぜ。違約金もがっぽり貰えるだろうし。ところで本当に報酬は等分で良いのか? 嬢ちゃんの稼ぎが明らかに多いが……」
「うーん、私は別にそこまでお金が欲しいわけでもないしね。まあケジメとしては私が多めに貰うべきなんだろうけど」
いくら親しい関係だからとはいえ、他方が一方的に働いているのに対し、その取り分が平等というのは両者の今後の関係を悪化させる要因になる、ということはファーティマも分かっていた。
「でも今回はコンラートたちにいろいろ教えてもらったし、クリスの実戦も手伝って貰ったしね」
キングオークを倒した後、ファーティマは残しておいた弱いオークの個体とクリスを戦わせた。
実戦を経験させるためである。
動きは未熟そのものだが、オークが弱かったのと、クリスの身体能力強化が強力だったこともあり、無事にクリスは初の実戦を終えることができた。
それに戦いだけが重要ではないことをクリスは知っている。
索敵は無論、探索に必要な道具だったり、この洞窟までの道のりだったり……
ファーティマはコンラートたちにおんぶにだっこだった。
「今回は等分にしよう。……まあ授業料の代わりだと思って。今後があれば、その時は要相談ということで」
「分かった。俺たちも金銭的に余裕があるわけでもないから、正直その提案はありがたい。すまねぇな」
「いえいえ、こちらこそ」
二人は笑いあった。
そして翌日の帰り道……
「おいおい、本当にギルドの連中は何をやってるんだ。注意情報くらい出しておけよ……」
コンラートは冷や汗を浮かべて呟いた。
コンラートとその一行の目の前に姿を現したのは、全身を紫色の鱗に覆われ、八つの首を持つ蛇のような生き物。
「ねぇ、何? あのトカゲは」
「多頭竜だ……A級、その中でもかなり上のほうだ。個体によってはS級だとか、特級と呼ばれるレベルの……嬢ちゃん、逃げよう。さすがにあの竜は無理だ。キングオークや前のキングスコーピオンの比じゃねぇ、っておい、嬢ちゃん! どこに行く? やめろ!!」
ファーティマは馬車から降りて、多頭竜へと歩いていく。
その表情は……酷く不愉快そうだ。
「竜? これが? しかもヒュドラにそっくりだし。こんな紛い物、私たちへの侮辱だ」
クリスとコンラートたちは息を飲んだ。
ファーティマからはっきりと分かるほど、強い殺意が沸いている。
「ああ、不愉快だよ。ここまで不愉快なのは久しぶりだ……一体、どこの神だ? こんなふざけた紛い物を作ったのは。こんな贋作を竜だと、人間たちに勘違いさせた奴は!」
ファーティマはイラついた声で言った。
多頭竜はファーティマの殺意に気が付かず、口を開け牙を剥き出しにしてファーティマに襲い掛かる。
オークから成りあがったキングオークとは違い、生まれながらの強者であった多頭竜は、ファーティマが自分よりもはるかに格上であることに、気が付かなかった。
「しかも無礼だ、礼儀がなってない」
ファーティマは不愉快そうに鼻を鳴らし……
右手で地面に触れた。
そして小さな声で呟く。
「マグニチュード四」
そして一気に距離を詰め、右の拳で多頭竜を殴り飛ばした。
「消し飛べ!!!」
多頭竜は悲鳴を上げる暇もなく……
肉片一つ残さず吹き飛んでしまった。
「ああ、本当に……悪趣味だなぁ……」
ファーティマは呟いた。
マグニチュード4
地面に手を触れてマグニチュード4の地震を引き起こした上で、その全エネルギーを拳に溜め、相手に直接ぶつける大技。莫大なエネルギーがファーティマの小さな拳に集中するため、その破壊力は尋常ではない。
だが理力消費量はたったの0.1%と、割と低コスト
ファーティマはデコピン並の気軽さでこれを放てる
ちなみに普通の人間がこれをやろうとすると、エネルギーを蓄え切れずに体が吹き飛び大爆発を引き起こす
良い子は真似してはいけない